(鹿児島県HA/50代男性/園芸業)
30代で、身内と立ち上げた園芸業の代表になった私は、とにかく会社を大きくしたい一心でした。次々と施設を増やし、ひたすら売り上げを追う日々…。従業員や手伝ってくれる妻にも、「俺がこれだけやっているのだから」と、同じ働きを求めるのが当たり前。そんな経営が、長く続くはずがありません。やがて資金繰りが悪化すると、私の心はますます渇いていきました。もうけばかりが気になり、いつもイライラ。家族や取引先にも、言葉きつく当たっていたのです。
人生のどん底から前を向いて
数年前、大型台風が農園を直撃。ハウスのビニールは全て飛ばされ、骨組みだけに…。出荷目前だった花は全滅。様変わりした姿に、ただぼうぜんと立ち尽くすことしかできませんでした。
絶望する私の支えとなったのは、家族でした。そばに寄り添いながら、黙々とがれきを片付ける妻や両親の存在に、前を向いて歩み出せたのです。その後、偉光会館の職員が掛けてくれた、人生は、山あり谷ありなんですよ…という言葉。でも、神と一緒なら乗り越えられると、生きる力が湧き上がってきました。
傲慢な生き方の修正を決意
「もう一度立ち上がろう」。そう決意した私の心に見えたのは、傲慢(ごうまん)だった過去の自分。もっと穏やかに、もっと丁寧に。温かい言葉で人と向き合おうと、あらためて思ったのです。取引先に頭を下げ、誠意を込めて現状を説明。規模を縮小した形で継続することとなりました。
最も変わったのは、一番身近な家族に、その心を感じながら関われるようになったこと。特に妻には、どれほど苦労をさせたことか。こんな私に、黙って付いてきてくれた…。そう思った時、感謝という言葉では足りないほどの、熱い思いが込み上げてきました。「きょうは暑いから、無理せず日陰にいなさい」「重い物は、そこに置いておけ。俺が運ぶから」。自然と妻を思いやる言葉が出ます。
就職した息子が悩んだ時も、気持ちを受け止められました。そして、「もっと頑張れ!」と怒鳴るのでも、考えを押し付けるのでもなく、思いを酌んで励ましてやれたのです。おかげさまで、息子ははつらつと出勤しています。
根こそぎ救われたことに感謝
今は、数棟の施設を、妻と二人で手入れする日々です。この仕事は、常に自然が隣り合わせ。台風や大雨の多い九州では、毎年何らかの影響にさいなまれます。たとえマイナスの出来事でも受け止めて、また前へ進めるのは、神の教えと、家族の支えのおかげです。
もし、この神に出会っていなければ、あの日、全てを失った絶望感の中で、命を絶っていたかもしれません。実は、我が家には、事業に失敗している先祖もいます。この家系に流れる根深いものを、根こそぎ引き上げてくださった…。神の大きなお守りに、感謝の念が堪えません。これからの人生には、高い山も深い谷もあるでしょう。しかし、その時には、神の教えを基に、家族と共に乗り越えていけばいい。私の心に迷いはありません。



栄える 家庭の姿には
家族仲良く
互いに支えて歩む愛がある
病気 事故・災難を
乗り越え 「生きる」
家族愛
「真理」が その家庭(や)を支え
運命を共有し
家族の姿を誇りに思う
「教え」が人生を支え
家族の心を一つにする
悟り(こころ)を生む
(令和7年6月15日 『友輪』345号12ページ〈中略あり〉)


