(茨城県AY/60代女性/パート)
実直で真面目な私の夫は、普段はあまり話さない人でしたが、お酒が大好き。晩酌の時ばかりは、うれしそうに話してくれました。それが、だんだん笑顔がなくなり、飲む量は増える一方。心配して声を掛けると、怒鳴るようになりました。医師の見立ては、アルコール依存症を伴ううつ病。軽い認知障害も起こしていました。会社も、休職の後に退職。毎日、自宅で泥酔状態に…。「お酒はやめて!」と必死に頼んでも通じません。夫の分も働き、くたくたになって帰れば、家の中は荒れ放題。どうしてこんなことに…。仕合せなど1ミリも感じない生活に疲れ果てていました。
悩みの原因は、私!?
籍こそあっても、名前だけの信者だった私。そんな時に読んだ教会図書。「悩みの原因は自分に…」とあり、衝撃的でした。確かに、全て夫に問題があると責め、「“夫さえ”変わってくれれば」と、神に願っていました。でも、つらく苦しいのは自分の心。私自身の生き方が変わるように、祈願しなければいけなかったのです。「夫を温かく支えられる自分に」「心のこもった声掛けができるように」…。祈願していると、なぜか希望が湧いてきました。 今までできなかった分も、夫と向き合って支えたい。そう思えたら、「お父さん、おはよう」と優しく言えて、夫も笑顔で返してくれました。変わったのは、自分の心が“夫”に向いたこと。それだけで夫の態度が変わり、ひどい泥酔も、うそのように止まったのです。
夫の心に寄り添える妻に
しばらくして、夫は肝硬変を発症。「酒が飲めないなら死んだ方がいい」と言い放つ姿に、以前なら激怒していたはずです。それが、「つらいのは夫。今寄り添えるのは、妻の私だから…」と思えて、本音を伝えました。「私、お父さんとずっと一緒に生きていきたい」。夫は「分かった」とうなずき、治療を受け入れてくれたのです。
認知症と依存症を併発している人は、暴力的になるとのこと。でも、夫が同じことを尋ねても、そのたびに優しく答えると、素直に納得してくれました。先を考えて悲観的にならず、常に穏やかでいられた私の心。これこそが、神のお守りと実感しました。
家族で出した結論に迷いはなく
その後、夫が肝臓がんに。突然の告知に、つらい治療をするかしないかの判断に迷い、教務相談へ。家族で話し合う大切さを教わる中で、「心配させたくないから」と子供に言わないのは違う、と分かったのです。早速、3人の息子に連絡。子供たちが掛けてくれた優しい言葉に、どれほど心が軽くなったか知れません。つらい治療はせず、最後まで夫を自宅で…と、みんなで出した結論に迷いはありませんでした。
私がすることに一つ一つ「ありがとう」と感謝してくれる夫。介護が負担どころか、愛を感じながら、穏やかに流れる毎日に、「今が一番仕合せ」と思えました。余命が見えてきた頃、医師が驚くのです。「末期がんで、こんなに痛みがない人は珍しい」と。亡くなる前日は、手をつないで話す私をずっと夫が見てくれて…。その明け方、静かに息を引き取りました。
一番の供養は「家族の仕合せ」
明魂祭(後日の葬儀)には、子供たちも参列。「お父さんと一緒で、私は本当に仕合せでした。ありがとう」。心から感謝を伝えられ、何の後悔もありませんでした。これまでの不思議の連続に、「全てが神の手の中」と思えたからです。
今は長男と暮らし、他の子供たちとも何かと連絡を取り合っています。家族との仕合せな時間を大切にして、親子の絆を深めていきたいです。夫の魂には、「みんな元気で、仕合せに過ごしているから安心してね」と思いを届けるのが日課。一番の供養を、家族全員で続けていくのが目標です。
家庭の中での立場と任
それぞれの「あるべき姿」を知って
正しい関わりを深めることが必要
「教え」で
家族それぞれが触れ合うほどに
自然と家族の会話は重なり 増えて
「真実の愛」が家族の心に芽吹く
(令和2年1月14日)

