(茨城県YS/60代女性/主婦)
長年、夫婦共働きだった我が家。夫は、私以上に多忙で、週末も家にいないことが多かったです。だから、困ったことがあっても、自分で何とかするか、実家を頼るか…。そんな私の支えは息子の存在で、まるで母子家庭のような生活でした。夫に愛されている実感どころか、一緒にいる意味さえ見いだせない日々。言い争うのは嫌だから、私が我慢するしかない。それが家庭の「和」だと、思い込んでもいたのです。不満をのみ込む生活は、お互いに退職しても変わりませんでした。
ようやく見えた家庭の築き方
今年の夏、そうした思いを偉光会館の職員に話す中で、気が付きました。私は、夫を否定ばかりしてきたのです。家の修理をしてくれても、「そうじゃなくて」「余計なことを…」と不満。それなのに、自分が否定されるのは怖くて、「何も言われないように…」とだけ考えてきました。夫への上から目線と、我が身をかばう思いの強さ。自分の「心の姿」が見えた時、やるべきことも分かりました。気持ちを通い合わせる“会話”です。
まずは、自分の感じ方を変えたくて、何度も祈願しました。勇気を出して、「修理ありがとう。ガタガタしなくなったね」と言葉にすると、夫はまんざらでもなさそうです。思い切って伝えた私の“感謝”は、否定されませんでした。こうやって話せばいいんだ、受け止めてくれるんだ! 安心感が広がって、気持ちを伝える機会が増えました。徐々に夫も、「これ、やっておいたよ」と言ってくれるように。そのひと言から、夫なりに考えてくれたことが伝わってきます。心が温かくなって、くすぐったいような気持ちでした。
支え合う心地よさが広がって
自然と、なかなか言えなかった、「手伝ってくれる?」も言えるようになりました。「夫婦は支え合いだよ」と背中を押してくれた、信者仲間の存在も大きかったです。それに、夫も変わりました。ある時から突然、「買い物に行くなら、乗せていくよ」と言ってくれるようになったのです。重い物を一人で運んだら、「言ってくれればよかったのに」とも。黙るか、否定し合うかだった夫婦の会話。気付いたら、うれしく、仕合せなものに変わっていました。
息子が教えてくれた夫の優しさ
息子に、この喜びを話してびっくり。少し前、夫から、こう質問されたと言うからです。「彼女と買い物に行った時、おまえはどうしているんだ」と。どんな気持ちで尋ねてくれたんだろう…。夫の変化は“突然”ではなかったと、気が付いた瞬間でした。相手を思う心で向き合えば、必ず温かな気持ちが返ってくる。それが、家族であればなおさら…。「仕合せの基は和のある家庭」。教えの深さを、遅ればせながら実感する日々です。ようやく、仕合せの入り口に立てた今。今回の気付きを生かして、ますます夫との縁を深めていきます。そして、大切な息子と、また、縁のある方々とも、怖がらず自ら関わって、もっと心を通わせていきたいです。
家庭の価値(真理)をよくよく悟り
「教え」に生きて
家族の関わりを深める努力が必要
「教え」が家族の心を一つに重ね
補い 支え合って「生きる」
家庭をつくる
――「真理」で触れ合うほど
人間は
互いの実体を
高め合う心(愛心)が
芽吹く――
実体は修正され 運命の力は磨かれ
心(魂)休まる
家(家庭)となってゆく
(令和2年4月28日〈中略あり〉)

