(福井県AM/60代女性/主婦)
昨年の暮れ、夫がガードレールに衝突する自損事故を起こしました。すぐによぎったのは、「まさか飲酒運転?」という疑心。実は、夫は仕事から帰ったら即お酒。土日は朝から飲み始め、いくら注意しても減らしません。もめるのが嫌で、とがめるのをやめたものの、酔っぱらった姿を見るたびにイライラしていたのです。
でも、事故の原因は意識を失ったことでした。それを知った途端に込み上げた、「夫がいなくなったら…」という恐怖。いてくれるのは当たり前じゃない。「私にとって大事な人」。心から思った瞬間でした。
ようやく気付いた自分の姿
夫に寄り添いたい…。そう思いながら振り返ると、会話らしい会話のない夫婦の姿が見えてきました。やりとりと言えば、事務的な内容ばかり。その上、「夫に言ったって、どうせやってくれないから…」と、何でも一人でこなしてきたのです。私の振る舞いは、まるで「主(あるじ)」のよう。随分、夫をないがしろにしてしまいました。
しかも、積もり積もった不満のせいか、けんかをしたわけでもないのに、気持ちがむしゃくしゃ。夫から挨拶が返ってこないだけでイラッとします。「そんなに飲んだら体が心配」と言いながら、そこにどれだけ愛がこもっていたか…。本当は“私が”、飲酒する夫を嫌っていただけ。ひんやりした家庭の中、夫はどんな気持ちで過ごしていたのだろう…。申し訳なさとともに、「つい責めてしまう冷たい心を変えたい!」という強い思いが湧き上がりました。
夫に向ける気持ちに変化が
夫がほっとできる、居心地の良い家庭を意識し、相手の思いを感じ取ろうと心掛けました。すると、以前と同じように動き回っても、「私はこんなにやっている」とか、「あなたももっと動いて」という気持ちにならないのです。それどころか、難しい機械のことなど、素直に「分からないんだけど、ちょっと教えて」と夫を頼れます。「ありがとう」と、素直な気持ちを口にすることも増えました。何より、夫を頼るだけで、なぜか気持ちが楽なのです。ゆったり過ごせるのが、本当に不思議でした。
仲良く暮らす姿を子供たちへ
夫はもう、お酒を飲むことはありません。事故の原因と診断された不整脈も、ことしの初めに無事手術。無理はできなくても、毎日元気に過ごしています。「こんなことくらいしかできないけど」と、肩をさすってくれることも。以前なら、「人前でだけ、私を大切にするふりをする」と、優しささえも否定していた私です。それが今では、「おかげで楽になったわ」と、自然と感謝の気持ちを伝えています。
「お父さんが大事やから、一緒に学ぼう」と誘い、二人で偉光会館を訪ねるようにもなりました。こんなにも優しい気持ちで、夫の隣にいられるなんて…。穏やかに会話できることがありがたくてなりません。神の教えを知らなければあり得ない、私たちの姿です。もっともっと夫婦仲良く…。その背中を、子供たちに見せていきたいと思っています。



健康は
家族に愛情をかけ
仕合せを求め合う家庭で生まれる
心が豊かになるほど
体調も整い 心身ともに守られる
「教え」で関わる家庭を
家族で築く思いを強く持つ
自然と
「教え」が
家族の思いを一つに重ね
何でも話せる家庭と成ってゆく
『真実の光・神示 令和5年版』94ページ(中略あり)


