夫を溺愛する義母
円満な嫁姑関係のカギは?
(千葉県KS/60代女性/主婦)

お見合いで、義母に気に入られて結婚した30年前。しかし、それはほんのつかの間。義母は、私が作った料理は捨て、私のやることは全て横でやり直していく、それはそれは強烈な距離感をつくる人でした。それでも無関心を決め込む夫に、「あなたの親は…」と、私の心はヒートアップするばかり。そんなある日、義母がアルツハイマー型認知症と診断されたのです。

神に心を守られている確信

義母はもう90歳。義父亡き後も1人で気丈に暮らしていましたが、夫や義弟夫婦、義妹と協力し、お世話に通う生活がスタートしました。そんな中で義母が転倒。幸い異常はなかったものの、翌日から痛みが出て寝たきりになってしまったのです。

当然、トイレもできません。「やめてよ、痛いじゃないの」と怒り狂う義母に付き添い、泊まり込みのお世話が始まりました。本来なら、断固拒否だったと思います。それなのになぜでしょう。不思議と、「急に動けなくなってつらいんじゃないかな」「心の中は寂しかったんじゃないかな」という思いがたくさん出てきます。邪険にはできず、「お義母さん、お世話させてね」と言う私がいたのです。そこには、義母を嫌う感情はありませんでした。この心こそ、奇跡以外の何物でもないと思いました。

「大嫌い」の心を見詰めていく

実は、かつて私には義母より大嫌いな人がいました。夫です。私は、我慢しながら義母に頻繁に会いに行っているのに、夫は無関心。腹を立てた私は、子供とばかり仲良くしていました。義母が、その姿を直接見たことはないと思います。でも、私の言動の端々から感じるものがあったのでしょう。夫をないがしろにする私の冷たい心は、そのまま義母の心に伝搬していたのです。

神の教えでそれに気付き、夫婦関係の修復に努めてきたここ数年。「お父さんは大切な存在だよ」と、心から言えるようになりました。ちょうどそのタイミングで、義母の介護が始まったのでした。

深まっていく私と義母の絆

ある時、義母は下の世話をするのが私と気付いたのか、「ごめんね」と言いました。一度も聞いたことのない言葉です。義母の方がさぞつらいだろうと思い、体を洗いながら、「よく頑張ったね、痛かったよね」と言いました。耳はほぼ聞こえないはずなのに、「ありがとう。気持ちいいよ」と返してくれたのです。

背中合わせの嫁姑だった私たちが、今は向き合って、しかも笑って会話しています。一切口をつけなかった、私が作った食事も、「初めて食べるよ。おいしいなあ」と次々完食。帰り際には「あー、楽しかった!」なんて、飛び切りの言葉を掛けてくれるのです。先日は、デイサービスから帰宅した義母が、私の名前を呼びながら飛び付いてきました。涙が止まらなくて困りました。

愛が育つ家庭に生きる人の心は、家族に『真実の愛』を与え、『実体』を高めてゆく」この神示を目にした時、夫と「まだまだ努力しないといけないね」と話しました。家族みんなが本音で会話できる、本当の家族を目指して前進あるのみです。

「愛」は 和のある家に育つもの
 夫婦 親子 兄弟姉妹 家族は何でも語り合う
 和のある家に 人 物を愛し 思いやり 守り 支えて生きんとする心が育ってゆく
縁ある人のために 我の力と存在を奉仕する
 自然と 愛心(あいごころ)が育ち 環境が潤ってゆく

「愛」は 和のある家に育つもの
 夫婦 親子 兄弟姉妹 家族は
    何でも語り合う
 和のある家に
  人 物を愛し 思いやり 守り
    支えて生きんとする心が
      育ってゆく
縁ある人のために
    我の力と存在を奉仕する
 自然と 愛心(あいごころ)が育ち
    環境が潤ってゆく

『真実の光・神示 平成17年版』83ページ(中略あり)

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