No. 910

困ったときの神頼みは卒業
真っ暗闇の人生に見えた光
(茨城県MA/40代男性/無職)

「困ったときの神頼み」から再スタートした私の信者人生。きっかけは、昨年の秋、脳梗塞を患ったことでした。突然、右半身が動かなくなり入院。「右足は回復するでしょうが、右手と右腕は無理だと思います」と言われたのです。私はまだ40代で妻子もいる身。お先真っ暗でした。

素直な心で踏み出した一歩

コロナ禍で面会できない中、母から電話がかかってきました。普段は気丈なのに、受話器の向こうで泣いています。いい年して反抗期のような態度ばかり取ってきた私でしたが、なぜか素直に「心配掛けてごめんなさい」と言えました。母の「神が絶対に救ってくださるから…」という言葉に、私の心は大きく動き始めました。

そこから学び始めた神の教えは、難しいものは何もなく、ごくごく当たり前のことでした。でも、その当たり前が、私は全くできていなかったのです。その一つが、まさに親への関わり方でした。

「当たり前」のことができると

リハビリを続ける中で、車椅子での移動、つえでの歩行…と、右足は日に日に回復。右腕は上がらないままでしたが、4カ月後には退院でき、妻や子供たちと神の館に参拝に行きました。その時、職員に「まずは夫婦円満であること。夫婦仲良く、心が健康でいられるように学んで、祈願するんですよ」と言われました。

「なぜ、まず夫婦?」と思いました。しかし、考えてみれば、体が動かない分、小さなことも妻の手助けが必要です。「ありがとう」を忘れず伝えていると、「うんうん」と受け止めてくれます。単純な考えかもしれませんが、夫婦の絆は深まっていると感じました。何より、その時の自分の心は、間違いなく穏やかだったのです。

身をもって味わう「心の健康」

退院してからというもの、どういうわけか気付いたことがあります。実は入院中、リハビリのスタッフが厳しく、カーッとなることがありました。その厳しさも、私の回復のためだった…と感謝に変わったのです。通院でそのスタッフにお会いすれば、「ここまでできるようになりましたよ」と報告しています。人との交流が心地よく、「心が健康」の感覚が分かってきました。

まだ仕事には就けませんが、ありがたいことに会社のご厚意でそのまま社宅に住まわせていただき、「家賃は働けるようになったらでいいから」とまで言っていただいています。人の情けにも感謝、感謝です。

そして今、何と右腕が上がるようになったのです。心なしか右足も軽やかで、何より「頑張ろう」という心が枯れません。こんなに神に救っていただいたのだから、誰かのお役に立ちたいと思い、ゆっくり右手を動かしながら「喜びの声」に投稿しました。「最近変わったね。穏やかになった」と褒めてくれる両親にも、少しは親孝行できた思いです。

「教え」を学び 「真理」を心(人生)の支えに生きる人の心は 健康そのもの
体調の変化を受け止め 心の養生を日々心掛ける
 朝夕の祈願を欠かさず 神に思い(人生)を預ける人の心は 変化に強い
 「教え」を家族で学び 「真理」で心(運命)重ねる家庭に
    人の心(人生)は守られる
 「教え」が命(生命力)を引き出し 家庭の支えを得て 医療の手当てが生かされる

「教え」を学び
  「真理」を心(人生)の支えに
    生きる人の心は
      健康そのもの
体調の変化を受け止め
    心の養生を日々心掛ける
 朝夕の祈願を欠かさず
  神に思い(人生)を預ける人の心は
    変化に強い
 「教え」を家族で学び
  「真理」で心(運命)重ねる家庭に
    人の心(人生)は守られる
 「教え」が命(生命力)を引き出し
    家庭の支えを得て
      医療の手当てが生かされる

『真実の光・神示 令和3年版』24ページ(中略あり)