(長崎県SI/60代女性/パート)
結婚して数十年、「この人と一緒になれて良かったな」と思うことが増えています。
自分では気付かなかったけれど
これまで私は、「自分が正しい」と思うと、夫に対して遠慮なく言葉をぶつけてきました。それが、どれほどささいなことであっても…です。「聞いてなかったと?」「どこ見とったと?」。ずけずけ話す私と違い、夫は我慢するタイプ。けれど、ある時、ついに言われました。「おまえは自己主張が強い!」。「えーっ」と反発したものの、それが心に残ったのです。
少しずつ変化していく家の空気
以来、神の教えを学びながら、夫に向ける心を見詰め直す日々。だんだんと、自分の姿が見えてきました。こうと思うと全く引かず、自らの意見を主張すること。夫の短所に目が向きやすく、不平、不満ばかりだったこと。夫は、私をとやかく言ったりしないのに…。「肉親 身内 近所同士は 和合せよ 和合に努めよ」「妥協せよ 妥協に進めよ」。十教訓が心に響き、意識して祈願するようになりました。
行きつ戻りつしながらも、徐々に夫と歩調が合ってきたのだと思います。「やるよ」と言われたら、任せていたお茶椀(ちゃわん)洗い。なぜか一緒にしたくなりました。亡き義母に教わったという洗い方は丁寧で、物を慈しむ気持ちが伝わってきます。そういえば、掃除機がけを褒めた時、「心を込めるんだ」と言ってたな…。夫の良さが見えてくる中で、自然と湧き上がった思いがありました。短所を見れば切りがないのは「お互いさま」。それよりも、大ざっぱな私を受け入れてくれる、夫の優しさに目を向けたい。とても心地よい感覚でした。
生涯忘れられない一日が
家の空気が変わってきた頃、次男が帰省。年末年始は、親子で語り合う時間も持てました。涙を浮かべて、「うちの子で良かった」と言ってくれた時には、私も夫も、涙、涙…。ずっと頑張ってきたのを、よく知っていたからです。その夜のこと。「一回しか言わん、よく聞け」。前置きしながら、夫が話してくれました。妻として良くしてくれて、感謝してもしきれない…と。私も、心からの感謝を伝えられ、忘れられない一日となったのです。
家族との“正しい関わり”を
考えてみれば、私の気の強さは母譲り。子供の頃、実家では、「父 対 母娘」という構図ができていて、父も寂しかったのだと思います。よく飲みに行っていました。そんな父の気持ちをくんでくれたのが、夫です。私が否定するようなことを言うと、「いや、お父さんはね…」とかばってくれました。傲慢(ごうまん)さを捨てて、家族と正しく向き合いたい。日々、仕合せをかみしめながら、その思いを新たにしています。
運命・実体に
「心」導かれて生きる人間は
「教え」に生きて
「実体」を高めるほど
喜び多く
生きがいにあふれた人生を
歩み抜ける
神が使者を通し
社会に示す「真理(おしえ)」を
人生の支えに 生きるべし
自然と 心は安定し
正しく関わる思いが芽吹く
今日(いま)を「生きる」環境も
優しく見えて 好転してゆく
万人・万物との出会いに感謝し
取る態度も柔らかくなって行く
(令和6年7月29日〈中略あり〉)

