(福井県EO/70代女性/主婦)
私に初期の子宮体がんが見つかったのは、1年半ほど前のこと。手術のため、夫と離れた2週間が、人生の転機となりました。
いつの間にか抑えた思い
私と夫は不仲だったわけではありません。けれど、お互いに会話が苦手。加えて私は、夫に短気を起こされるのが嫌でした。だから次第に、「言っても分からんし…」と黙るようになったのです。息子たちを育て上げた頃、夫の糖尿病が分かり、8年前には透析が始まりました。体調に合わせた食事の支度や、入浴など生活の介助、そして週に3回の病院通い。慌ただしい中にも、偉光会館に足を運べば、「夫婦は何でも語り合う」という教えが心に残ります。一緒にいる時間は長いのに、どこか寂しい日々でした。
病を通して見えた夫の“支え”
子供たちや妹に支えられ、自身の治療に専念した入院中。神の教えを基に、自然と自分を振り返っていました。痛感したのは、夫の存在の大きさです。精いっぱい尽くしてきましたが、夫が「いてくれる」から、私も頑張れていたと気が付きました。心底つかめた「家族」の大切さ。もっと夫婦で分かり合い、重なっていきたいという思いが込み上げました。幸い、術後の経過は順調で、2週間ほどで退院できたのです。
“心”が変わると、毎日はガラリと変化。退院後、半年間は、私も抗がん剤治療がありました。けれど、つらかったその経験もまた、力になったのです。透析後の夫がしんどそうにしていたら、無理に話し掛けず、ただそばに。自身の経験を振り返れば、それが支えになると分かりました。料理一つも、夫の体調を考えながら、「少しでも栄養を付けてほしい」「おいしく食べられるように」と、気持ちがこもりました。
余命宣告を越えて、一日一日を
そうして夫婦で乗り越えた令和7年。実は昨年の初め、夫は、医師から「春まで持つか…」と告げられていました。けれど、春どころか、夏、秋、冬…と乗り越えて、今も、病院で頑張ってくれています。私自身も、「5年は続く」と言われた抗がん剤の副作用が収まり、毎日お見舞いに行けるほど回復。時に、夫が弱気になっても、「命があるから、こうして一緒にいられるんやよ」と、自然と言葉が出てきます。「悪いな」と言われたら、「夫婦やもん!」。顔をくしゃくしゃにして、うなずく夫。「言っても分からない」などということはなかったです。あふれ出るいとおしさが「言葉」となって、ちゃんと届くと分かりました。
縁があって出会えた、私と夫です。支えてくれる子供たち、そして周りの方々に感謝しながら、神に頂いたこの時間を大切に、一日一日を過ごしていきます。
自ら「教え」に気付きを得て
心を正す努力をする
自然と 言葉や態度に
明るく優しい薫りが漂う
その時 「心」は「運命」に重なり
信頼し 支え合う気持ちが
家庭に芽吹く
人間は 「運命」の力で
重なり 補い合う環境に
心明るく 強く「生きる」人と成る
(令和4年11月23日)

