(静岡県SA/60代女性/市役所勤務)
昨年、母が亡くなって初めて、身内との縁をつないでくれていたことを知りました。「私も母の思いを受け継いでいきたい」と考えていた矢先、幼い時から仲が良かったいとこと、連絡が取れなくなってしまったのです。
私のひと言がいとこを傷つけて
家庭内の悩みも、ざっくばらんに打ち明けてくれるいとこには、その都度、励ましたり、教務相談を勧めたりしてきました。彼女はいつも、「そうだね。そうしてみる」と言ってくれ、お互いに、明るい気持ちで接点を持てていたのです。
それが、昨年の夏ごろから、家族を責める、攻撃的な言葉を口にするように。神の教えの大切さを伝えるものの、いまひとつ届きません。このまま悶々(もんもん)とした気持ちを抱え続け、人生を枯らさないでほしい…。大切で、大好きな人だからこそ、救われてもらいたい…。そこで、言葉を選びながら、思い切って伝えました。いつも学んでいるように、全ての原因は、相手ではなく、自分にあること。「だから、自分を見詰めることが大事だよ」と。ところが、そのひと言が彼女を傷つけてしまったのです。以来、LINEも未読、電話も出なくなってしまいました。
見えた! 溝を生んだ原因
本当にショックでした。「彼女のためを思って言ったのに…」「何で分かってくれないの…」。ムクムクと、責める思いが膨らみます。悲しくてたまらない、苦しい胸の内を神に訴え、救いを求めました。すると、一編のご神示が、心に浮かんできたのです。「人の心が強過ぎて 我が思いで相手を守らんとする」(平成30年6月3日)。
その時に思いました。「彼女は、私に話を聞いてもらいたかっただけ。なのに、思いを受け止めてあげられなかった。それどころか、苦しんでいる相手に、『こうすべき』と言うなんて…」。どんなに傷つけてしまったか知れません。「原因は、相手ではなく、自分にある」。私自身のことでした。「こうした方が…」と思うと、相手の気持ちをおろそかにしたまま突っ走ってしまう。分かってもらえないと、責めてしまう。自分の実体の修正を決意し、真剣に祈願し始めました。
届け続けた心からのおわび
「顔を見て、ちゃんとおわびしよう」と、お土産や手料理を持って、何度も彼女の家へ。「嫌な思いをさせてしまって、ごめんね」「母が心配していると思うから、仲良くしたい」。なえそうになる気持ちを祈願で奮い立たせ、思いを伝えていったのです。徐々に、硬い表情が和らいでいったいとこが、ある日声を掛けてくれました。「あなたのお母さんは、忙しい私のために、いつも料理を作ってくれた。本当に優しくしてもらった」「今回、あなたと、あなたのお母さんが重なったわ。心配掛けてはいけないね。仲良くしないとね」。心がつながった瞬間でした。
思いを受け継いで縁を大切に
「何で…」「どうして…」。責める思いが消えたら、彼女とは、以前のような良い関係に戻れました。さらに、地域の方々との触れ合いも変わりました。以前なら責めていただろう場面でも、「そうなんだ」「仕方ないよね」「一緒に頑張ろう」。そんなふうに受け止められて、寄り添う気持ちになれるのです。相手からも、思いやりや優しさが返ってきて、私の心一つで間柄が全く違うものとなることを体験。改善すべき生き方に気付けたのも神のおかげと、あらためて感謝が深まりました。
争いが大嫌いだった母…。誰とも温かな心を交わし合い、人のために尽くす姿を、ずっと見てきた私です。これからも、母の思いをしっかり受け継いで、肉親、身内、そして周りの方と縁を深め、広げていきます。
「教え」を学び
「真理」に生きる心を強く持つ
神示を読み込み
心に留まった「真理」を
祈願で「人生」に生かす
この毎日に
自然と人々と正しく関わる
奉仕(こころ)が身に付いてゆく
この時
人の心に 真実の愛が芽吹き始める
真実の愛は
相手の愛心を引き寄せて
互いに関わる思いを育てる
真実の愛は
互いの信頼を深め
期待に応える気持ちを育む
(令和5年9月15日)

