「何でこうなったん」から
神と立て直していく人生
(京都府CY/60代女性/主婦)

夫が突然、自ら命を絶ったのは20年前です。当時、高校生と中学生だった2人の子供を残して…。

気付かぬうちに我が子にも…

寂しさを忘れたくて、私は仕事に没頭しました。でも、その心が消えることはありませんでした。「神にすがってたのに、何でこうなったん?」と、行き場のない思いを抱え続けてきたのです。

やがて子供たちは成人し、働き始めました。親子仲も良好で、穏やかに過ごしていたある日。娘に、「頑張ってるお母さんに心配掛けたくなくて、昔からつらいことが言えなかった」と言われたのです。

この「言えなかった」感覚、身に覚えがありました。私も子供の頃、いじめられたことを親に話せずにいたからです。あの時、一人で胸に抱えていたつらさを、「気付かぬうちに」娘に味わわせてしまっている、その恐ろしさを感じました。

神の教えで知った心の使い方

家族を大切に思う気持ちはあるのに、私は「心を使う方向」が間違っていたようです。がむしゃらに働いて、一生懸命子供にアドバイスして。でも、私は「いつでも話聞くで」「よう頑張ってるなあ」といった、「寄り添う」心の使い方をしてこなかったことに、神の教えで気付きました。

その証拠に、息子には「ああせえ、こうせえ指図されるのが嫌や」と避けられる始末。親子なのに、何を話したらいいか分からず、「男の子はこんなもんかな」と都合よく解釈していましたが、根本原因は、やはり私の心の使い方だったのでしょう。

気付いた「今」からやっていく

気付いたんだから、今からやっていこう。そういう気持ちになると、不思議と子供たちも心を開いてくれるものです。仕事で苦しかったこと、褒められたこと、それから父親を亡くした時の思いも…。「つらいことは神様にだけ打ち明けてたけど、お母さんに話したら心が軽くなって、あしたも頑張ろうと思える」「最近は言えないことはないよ」と言ってくれて、うれしいです。我が子の本心に耳を傾けてこなかった年月を、今、少しずつ埋められている気がします。

いつも以上に仕合せな今年

私自身も、子供時代に言えなかった本音を両親に話せました。「仕事が忙しくて、つらい思いをさせたな」という、親のたったひと言で、私の心は流れていきました。

もうすぐ神玉祭。ことしは、夫の魂に「みんなで仲良くやっているよ」とうれしい報告がたくさんできそうです。もし、教えを知らなければ、家族に思いが言えずに人生が進んでしまい、取り返しのつかないことになっていたでしょう。「何でこうなったん」と絶望した人生も立て直せる、神の教えの素晴らしさをかみしめています。

親子の心(人生)をつなぐのは信頼
 「心の道」を共に歩む親子のつながりは 「教え」のある家庭に自然と深まってゆく
 「道」欠く心の動きも自然と消えて
    家族の運命を重ねて生きる 和のある家庭が手に入る

親子の心(人生)をつなぐのは信頼
 「心の道」を共に歩む
      親子のつながりは
   「教え」のある家庭に
        自然と深まってゆく
 「道」欠く心の動きも自然と消えて
   家族の運命を重ねて生きる
      和のある家庭が手に入る

『真実の光・神示 平成30年版』41ページ(中略あり)

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