No. 778

「残念ですが」から3年半
夫と紡いでいく本物の絆
(愛媛県RN/80代女性/主婦)

夫の肺がんが見つかったのは、3年半ほど前のことです。ステージⅣ。医師に「残念ですが…」と告げられ、私はもう、つらくてその先の言葉を聞けませんでした。

最後の思い出にするつもりが…

夫は、「人はいつか死ぬ。もう十分生きたし、思い残すことはない」と言い、遺言書をしたため始めました。せめて最後に、2人で過ごした50年の日々をお祝いしたい…。私は夫を誘い、神の館に光輪の儀を申し込みに行きました。

その時、職員に優しく言われた「がんになったからといって、がんで亡くなるとは限りませんよ」のひと言。じきにがんで死ぬと思い込んでいた夫は、希望が持てたのか、笑顔になりました。子供たちに儀式のことを話すと、何と全員が参列。孫たちも「じいちゃん、長生きしてね」と祝ってくれ、夫は本当にうれしそうでした。

自然と湧き上がってきた希望

実は、夫の病気が分かってから、私の中に後悔がありました。「もっと優しくしておけばよかった」。決して仲は悪くなかったものの、夫を大事にする…というよりは、いて当然。何でも私が決めて事後報告。そんな日々だったのです。

過去の日々を悔いるより、これからの日々を大切に。儀式で心が前を向きました。「夫の話を最後まで聞けますように」「我の強い性格が出ませんように」と祈願、祈願…。夫に「何が食べたい?」と聞くと、「何でも」と言っていたのに、「きょうはうどん」と返ってくるようになりました。

「もう十分生きた」と悟ったようなことを言っていた夫が、ずっと元気でいたいからと、毎日1時間も散歩しています。先日は、スーパーで、私の好きなイカの刺身を買ってきてくれました。でも、よく見たら、それはタコ。夫と2人で食べながら、「タコの方がおいしいね」と大笑いしました。 几帳面(きちょうめん)な夫は、アイロンがけや、ガラス拭きまでしてくれます。「部屋が明るくなった。お父さんのおかげ」そう伝えると、それはうれしそうな表情を浮かべます。

「共存」しているように感じて

「残念ですが」と言われてから3年半。末期がんというのに、夫は痛みも何もないそうです。抗がん剤の効果もあるのか、白血球や赤血球の数値は、正常に近づいています。がんが消えたわけではないので、うまく共存しているのだと思います。

本来なら、この世にいないはずの夫です。今、生きていることがいとおしく、感謝しかありません。これからの日々も、優しく寄り添っていこうと心に決めております。

夫より

妻や子供たちが気遣ってくれるのがうれしくて、「できるだけ頑張って生きるよ」と伝えています。お医者さんが早め早めに異常を見つけて、治療してくださるのもありがたく、みんなのおかげで今ある私の命です。完治する病ではないですが、心がこんなに楽でいられるのは、ひとえに神のご守護のおかげと日々感謝を深めています。

「教え」で家族それぞれが触れ合うほどに
    自然と家族の会話は重なり 増えて 「真実の愛」が家族の心に芽吹く
「家庭」――人が悔いなき人生を歩みきるため 欠くことならぬ環境
 「教え」が家族の心を一つに重ね 支え 補い合って「生きる」心(愛情)を強くする
 「真実の愛」に生きて 人間は 天命を全うできるのである

「教え」で家族それぞれが
      触れ合うほどに
  自然と家族の会話は重なり 増えて
   「真実の愛」が家族の心に芽吹く
「家庭」――
  人が悔いなき人生を歩みきるため
    欠くことならぬ環境
 「教え」が家族の心を一つに重ね
        支え 補い合って
   「生きる」心(愛情)を強くする
 「真実の愛」に生きて
  人間は 天命を全うできるのである

『真実の光・神示 令和2年版』15ページ(中略あり)