「はい、お小遣い」は駄目?
祖母の立場でできること
(愛媛県YT/80代女性/主婦)

目に入れても痛くないほどかわいい孫たち。一人暮らしの私は、近所に住む子供家族の所に、時折会いに行っていました。

かわいい孫のためなのに…

でも、息子夫婦が他人行儀で、居心地が悪くて仕方ありません。孫にお小遣いをあげようものなら、「余計なことしないで!」と叱られます。「何て失礼なの。『ありがとう』の一つもない」とプンプンしていました。次第に行くのも嫌になり、孫に会えない寂しさが募っていったのです。

ふと開いた教会書籍に、このような神示がありました。「難しいことは何もない。ただ会話を楽しみ、互いに『思い』を交流すればよろしい」よくよく思い返すと、私は「思いの交流」ではなく、「思いの一方通行」だったのかもしれません。孫が手伝ってくれたら、すぐに財布を開けて「はい、お小遣い」。孫が喜ぶのが、うれしくてたまらなかったからです。でも、それはただの自己満足でした。息子夫婦のことなど、みじんも考えていなかったのです。

息子家族にとって良いことを

息子たちに謝ると、「何かしたら、何かもらえる。そんな見返りを求めるような子にしたくなかったんだ」と話してくれました。「孫が喜んでるんだから、いいじゃない!」と、腹を立てていた過去の自分が恥ずかしくなりました。

祖父母は「見守る」立場。一切口出ししないのではなく、優しく包み込む気持ちで関わること。神の教えで学び、「良いことだから」と、何でもやるのをやめました。せっせと作っては持って行っていた料理も、「○○作るけど、食べる?」と聞くようにしたのです。そのうちに、子供たちの方が「これどう?」といろいろ聞いてきたり、時には「一緒に食べよう」と誘ってくれたりするようになりました。形ではない、まさに「思いの交流」だと感じています。

本物の仕合せ感で満たされて

息子たちのことが、これまで以上に分かるようになりました。仕事を頑張る姿も、子供を思う親の愛も…。「○○君のお父さんはね…」と孫たちに話すと、目を輝かせながら聞いてくれます。

すぐにお小遣いを渡していた私はもういません。「ありがとうの気持ち」をたくさん伝えるようにしたのです。それを見た息子夫婦も、「えらいな」と目いっぱい褒めています。そのときの孫のうれしそうな顔といったら! その笑顔を見るだけで、私の心は仕合せで満たされるのです。

相手の立場に立って、素直な思いを届ける。ただこれだけで、暗い毎日が明るい毎日に変わりました。「難しいことは何もない」というのは本当でした。神の教えの素晴らしさを実感しています。

神示で確認 「喜び」の仕組み

教えは「真理」 ただただ心かけて実践すべし
 実践重ねるほどに 会話も増えて 存在通して 支え合える家となる
神の教え生かせし家は 家族の心重なり合って 悪しき実体芽吹くことなし
 神の手の中 家族の心導かれ 縁を深めて その家は栄える

『真実の光・神示 平成18年版』181ページ(中略あり)

神示で確認 「喜び」の仕組み

教えは「真理」
    ただただ心かけて実践すべし
 実践重ねるほどに 会話も増えて
   存在通して 支え合える家となる
神の教え生かせし家は
  家族の心重なり合って
    悪しき実体芽吹くことなし
 神の手の中 家族の心導かれ
    縁を深めて その家は栄える

『真実の光・神示 平成18年版』181ページ(中略あり)

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