No. 1852

「一人が楽」だった私が
人と心を通わせる喜びを

(横浜市TH/30代男性/会社員) 

「かみつき魔」。職場で付いたあだ名です。私にとっての「会話」は、自分の意見を伝える手段。「自分で何でもできるから、人の意見を聞く必要はない」と決め込み、相手の話を遮ってまで、自らの考えを押し通していたのです。だから、人に話し掛けることはなく、一人が楽。とにかく、人と話すのが苦手でした。 

結婚して義父母と同居してからは、日常生活でも戸惑う場面が。ささいなことも声を掛け合う姿に、「いちいち聞くことじゃないだろう」「面倒くさい」とイライラ。みんなの考えに賛成できないときや、不満に感じたときは、会話に参加しないで黙り込んでいたのです。 

真理と真逆の生き方に気付いて

転機は、結婚して3年がたったころ。当時、妻の心はとても弱っていました。それなのに、私には元気にしてあげられません。だから、「神の教えを一緒に学びたい」と妻から誘われた時、「少しでも助けになるなら…」と思ったのです。勉強会で学んだ真理は、一つ一つが衝撃的でした。家庭の軸は夫婦。夫と妻は、いつも心を重ねること。それには、相手の話に温かい関心を示し、最後まで聞く…。全てに、真逆の生き方をしている自分に気が付いたのです。 

相手の心に思いをはせると…

「苦手なりにも、もっと会話に入っていこう」「自分から声を掛けよう」と心掛けました。まずは、「おはようございます」の挨拶から。そして、「なぜそう言うのだろう?」と相手の心に思いをはせてみました。すると、食事の時、お皿を置く位置一つ聞き合うのも、家族の食べる量や好みを気遣う「愛」と気付いたのです。みんなの気持ちが分かったら、「これは誰の分ですか」などと、いつの間にか、私もその輪の中に。妻の調子が悪そうなときも、以前とは比べものにならないくらい、優しく気遣えます。妻も心の内を話してくれて、最後は「ありがとう」と笑顔が返ってきます。そうして家族の会話が増えるにつれて、妻の心も元気になっていったのです。 

職場での人間関係も変わりました。研究開発担当から営業に異動し、最も苦手だった調整業務に追われる日々。お客さまからの難しい要望に、社内から「無理だよ、そんなの」と声が上がるケースも。昔の自分なら、「そんなこと言っても仕方ないだろ」で押し通したでしょう。それが、相手の立場を考えて、「確かにそうですよね」といったん受け止められます。その上で、「こういう形ならどうですか?」などと話していくと、折衷案が出てきて、互いに納得して着地できるのです。最近は、驚くほどスムーズに仕事が進み、「おまえなら、うまくやってくれるから」と、大きな案件を任されることも増えました。 

自分から積極的に関わる人に

神の教えに沿って動いてみるだけで、物事がこんなにうまく運ぶことに、びっくりしています。私は、もともと目に見えないものを信じないタイプでした。妻に勧められて在籍したものの、「神様の言うとおりに生きるなんて、自分の意志がなくなりそう」と、教えを学ぶことを避けていました。今は、そうした束縛の感覚は消え、「人間関係を豊かにしてくれるもの」として、心に入ってきます。教えを学んでいなかったら、妻や家族と心が通い合わないばかりか、そのことを寂しいとも思わない、孤独な人生を送っていたでしょう。それが、夫婦仲良く、多くの助けを頂きながら暮らせて、毎日が仕合せです。妻や家族をはじめ、周りの人に、自分から積極的に声を掛け、ますます「人との心の交流」を大切に、深めていきます。 

家族で「教え」を学び
  「真理」で互いに声掛け
   関わること(存在)を実践されよ
 自然と 気持ちにゆとりが芽生え
    家族との会話が増えて 深まる
 ますます気持ちは安定し
     周りの人の気持ちがつかめる
 この時 信者の心は
   奉仕に「生きる」人(存在)と
             成っている
仕事に成果を上げる人は皆
   多くの出会いを生かし
       奉仕する心に満ちている
 自ら相手を受け入れ
    関わる気持ちが
      働く意識を生み出し
           成果につながる

(令和4年12月23日〈中略あり〉)