30年の自宅介護で深めた絆
神と歩んだ奇跡の日々
(栃木県TK/80代女性/主婦)

夫が87歳で旅立ちました。脳内出血で倒れて32年。「お疲れさま。よく頑張ったね」夫の亡きがらにそう語り掛けました。

目を合わせて通い合う心

自宅での介護は30年に及びました。「うー」とか「あー」としか話せず、食事もお風呂も、介助が必要になった夫。当時、私は60歳手前。これからの人生、夫と悠々自適の生活を送るはずだったのに…。苦しくて、切なくてたまりませんでした。

その思いを、何度神に訴えたか分かりません。それでも耐えきれず、夫に「自分のことは何もできない…私の人生を返して!」と言ってしまったことがあります。そんな私をハッと我に返らせてくれたのは、神の教えでした。「仕合せの基は、和のある家庭」苦しさが薄れていくのを感じました。体が動かず、言葉も話せない夫の方がどれほどつらいだろう。「夫の心を大切にしたい」そんな心が湧き上がってきたのです。

そのうち、夫の「いい顔」「嫌な顔」が分かるようになりました。「お父さん、おいしかった?」と聞くと、穏やかな目で私を見るのです。目で夫の気持ちが分かる…、何とも言えない仕合せをかみしめました。

夫がいてくれるから、私も…

私自身も70歳、80歳と年を重ね、体力が落ちてきましたが、施設に預けるという考えはありませんでした。夫は、我が家が大好きだったからです。何より、子供たちが本当によく支えてくれました。入浴の介助や食事の世話など、私一人では到底できなかったと思います。

ある時、孫に言われました。「おばあちゃんは、おじいちゃんに感謝しないとね」本当にそうだな…と思いました。よく友人からも「何でそんなに明るいの?」と言われましたが、夫がいるから、私も元気に過ごせていたのです。明るい心を神が私に下さっていた…、そうとしか思えません。

夫は少しずつ弱っていき、最後は入院しました。夫の足が冷たいので、いつも家で温めたタオルを保温容器に入れて持って行きました。ほかほかのタオルで足を包むと、仕合せそうな目で私を見ます。「心が通い合っている」この仕合せを、最後の最後まで味わわせていただきました。

神から頂いた宝の時間

玉納奉寿で感じたのは、夫の思いでした。悔いなく旅立ち、大往生していることを教えていただき、何十年も会話できなかったからこそ、なおさらその事実がうれしかったです。「お父さんよかったね。ありがとう」私の思いは、きっと夫の魂にも通じたことと思います。

夫が倒れたのが10月20日。以来32年間、毎年その日は神の館に御礼参拝を続けてきました。「ことしもまた命を頂けました」と。本来なかったはずの命を救っていただき、夫婦の絆を深められたことに、心からの感謝しかありません。

一人になった私を、子供たちが支えてくれています。今は、「お父さん、私、100歳すぎまで頑張るね」と語り掛ける毎日です。夫の笑顔が目に浮かびます。

神示で確認 「喜び」の仕組み

「信者の道」を歩むところに
    人は誰も和心芽吹き始めて 「仕合せ」引き出す家を手にできる
 神の教え「真理」を学び深めるほどに 「道の真理」が我が家の心を明るくする
 夫婦仲良く 会話を楽しみ 親子は寄り添い 思いをつなぐ
 時流れ 世代を超えて 我が家の姿(人生) 心の道に受け継がれてゆく
――仕合せの基は 和のある家庭――
    真理に生きる家の姿(存在)と申す

『真実の光・神示 平成21年版』108ページ

※神が教えてくださる「会話」とは、単に言葉を交わすことではありません。互いを思いやる気持ちを、言葉や表情、態度で伝え合うことです。

神示で確認 「喜び」の仕組み

「信者の道」を歩むところに
  人は誰も和心芽吹き始めて
    「仕合せ」引き出す家を
      手にできる
 神の教え「真理」を学び深めるほどに
  「道の真理」が
    我が家の心を明るくする
 夫婦仲良く 会話を楽しみ
  親子は寄り添い
    思いをつなぐ
 時流れ 世代を超えて
  我が家の姿(人生)
    心の道に受け継がれてゆく
――仕合せの基は 和のある家庭――
  真理に生きる家の姿(存在)と申す

『真実の光・神示 平成21年版』108ページ

※神が教えてくださる「会話」とは、単に言葉を交わすことではありません。互いを思いやる気持ちを、言葉や表情、態度で伝え合うことです。

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