「またか…」。再発と手術を繰り返す私のがん。17年前の鼻腔(びくう)がんに始まり、肺、右目、前歯の骨にも転移しました。
右目は摘出して義眼になり、前歯も5本ありません。ある時、病院で、子供が私の顔を見てぎょっとしました。「人前に出るのはやめよう。この顔ではみんな驚く」。偉光会館からも、足が遠のいていきました。とはいえ、家にいたところで、妻との会話も弾まず、一人で黙々と作る竹細工だけが自分の息抜きだったのです。
職員との会話から動き始めた心
転機は一本の電話でした。相手は偉光会館の職員。私の出入りがないことを心配しての連絡でした。「後悔する人生を歩んでほしくないから…」と話す職員の、あまりの必死さに根負けしました。重い腰を上げ、渋々足を運ぶことにしたのです。
勉強会に出席したものの、「難しい」と職員に言ったことを覚えています。『友輪』を開いてもチンプンカンプン。それでも、「毎月通う」これだけは続けていました。なぜなら、偉光会館に行くと、気持ちが落ち着くのを感じたからです。
偉光会館に通って味わえた変化
そのうち、勉強会で「そうか」と思うことが少しずつ増えてきました。特に「心の大切さ」は深く残りました。「がんが再発しませんように」とご利益を求める祈願から、「短気で、すぐイライラしてしまう気持ちを穏やかにしたい」と、安定した心を求めるようになったのです。
もう一つ、神の教えで心に残ったのが「家族との縁」。何をするにも一人で決めてきた私は、縁を大切にしてこなかったと反省しました。以来、ささいなことも妻に話し掛け、気持ちを聞くようにしてみたら、妻も変わってきて、「お父さん、お父さん」と。先日は「買い物に付き合って」と言われ、一緒に出掛けた先で、私のためにシャツとズボンを見繕ってくれたのです。
これまでの人生になかった喜び
ことしの正月は、妻と偉光会館に参拝し、仲良く並んで学びました。その後、信者仲間との集まりにも参加。何年ぶり…、いや十数年ぶりのことです。古くからの仲間が私に駆け寄ってくれ、「良かった。一緒に頑張ろう」と…。泣けました。
こんな喜びが全くなかったのが、ほんの一年前。今はニコニコ笑顔、心も笑顔です。神の教えのとおり、心と体は連動しているのでしょう。毎年のように繰り返していたがんが、何と全く再発していません。生まれ変わったようにすがすがしい心を、日々味わっています。
「心の姿」はいかに
人との出会いを大切に
感謝の思いを深めて
触れていようか
「心」が高まるほど
家族の心は重なり 会話も増える
真の「健康」味わう心(姿)が
ここにある
『真実の光・神示 平成30年版』165ページ(中略あり)