No. 1386

妻と心が重ならない30年
素直になれなかった私が…(夫編)
(石川県SO/60代男性/会社員)

1年半ほど前から、手と足に震えが出て、動きも鈍くなり、病院に通いつつも心配していました。特に、夜間に起きる強いけいれん。寝ているので、自分には分かりません。ある時、妻が、私の体にそっと手を当ててくれたそうです。それを聞いた時、「そばにいてくれるだけで安心する」と伝えました。私の素直な気持ちです。 

妻の変化を感じる中で…

しかし、本来の私は、素直な人間ではないのです。妻の話をろくに聞かず、「俺様」を通してきた日々。痛いところを指摘されようものなら、心の中では「そうだな」と思っても、変に意固地になり、「ごめん」が言えません。都合が悪い話は、耳をふさぎ、口を閉じ…、目も閉じます。良くないと分かっていても、「どう関わればよいか分からない」。これが本心でした。 

そうやって、妻と心が通わないまま過ぎてしまった30年。先に変わったのは、妻でした。昨年、私が母を亡くした時、いつもどおり明るく、元気に声を掛け続けてくれたのです。仕事で遅く帰っても、食事の時はそばにいてくれ、心がほっこりしました。もともとおしゃべりではない私ですが、妻の優しさを感じると、少しずつ自分の思いを話せるようになりました。

教えの実践は難しくなかった!

分からなかった「家族への関わり方」をつかませてくれたのが、神の教え。「妻はどう考えているのだろう?」。これまで深く考えなかったことに、思いを巡らせるようになったのです。 

ある時、妻に伝えた「寂しい思いをさせてきてごめん」。「今なら、少しおまえの気持ちが分かる気がする」と言えたのも、奇跡です。いつも妻が作ってくれるお弁当には、「毎日毎日、ありがたいなあ」という気持ちが湧き出てきて、「卵焼きがおいしかった」などと伝えるようになりました。その時の、うれしそうな妻の顔! 「心を通わせる」というのは、何も難しいことではなかったのです。 

自分の役割を意識しながら

「家族にはそれぞれ役割がある」というのも、神の教えを学ばなければ、知りもしなかったこと。夫であり、父である私の役目は、「家族の心を支える」。「みんなが安心して過ごせる家庭をつくりたい」と祈願しています。朝が早くて、帰宅が遅い息子にも、顔を見たら、声を掛けて会話。笑顔を交わしながら…、自分でも「昔と変わったなあ」と思います。 

けいれんは、妻が手を当ててくれると、不思議と落ち着きます。私が寝た後、1時間も2時間も心配して、そばで見守ってくれていたと知りました。「ありがとう」も「ごめん」も、素直に伝える自分。「今が一番仕合せ」。この言葉も、心からそう思った瞬間、自然と口に出していました。 

素直になりたくても、どうしてもなれなかった過去の私。神の教えがあったからこそ、「変われた」。そこには、無理も我慢もありません。夫婦の心の重なりを、日ごとに強く感じて、今、私は仕合せです。

※既に公開中の、この方の奥様からの「喜びの声」も、併せてご覧ください。

 

家族一人一人が 任と立場を知り わきまえて 関わる家庭に
    人間(ひと)の実体(こころ)は 高められる
 豊かな心が育まれる 家庭の真理(すがた)が ここにある
 豊かな心を身に付け 生活すれば
     自然と病は癒やされ 心も 体も生き生きしてくる

家族一人一人が
 任と立場を知り わきまえて
          関わる家庭に
  人間(ひと)の実体(こころ)は
             高められる
 豊かな心が育まれる
    家庭の真理(すがた)が
             ここにある
豊かな心を身に付け 生活すれば
 自然と病は癒やされ
     心も 体も生き生きしてくる

令和5年11月23日 信者心の基勉強会 健康編(中略あり)