昨年、急性膵炎(すいえん)で2度も緊急入院。胆石が原因だそうで、恐怖を覚えるほどの激しい痛みでした。医師からは重症と言われ、胆のうの摘出をすることになったのです。
手術までは自宅療養となり、その間の痛み止めを主治医にお願いしたものの、「数値には問題ないので」と聞き入れてもらえません。不信感を覚えた私は、ネットで調べた情報を伝えると、主治医がむっとした表情を浮かべたのです。ギクシャクしたまま、手術の日を待つことになりました。
初めて気付いた自分の感じ方
「この心のままではいけない…」偉光会館で神の教えに触れて、ハッとしました。自分の思いに沿えば、感謝していた私。しかし、意に沿わないときには、手のひらを返したように、不満になったり、腹を立てたり…。不健康な心でいたのです。
その心は、身近な家族に顕著に出ていました。例えば、お嫁さんに対して、長男から良い話を聞けば「優しいお嫁さんね」。けんかをしたと聞けば「ほんっと、鬼嫁だねー」と、冗談交じりでも、こんな心の動きをしていたのです。まずはここから直していかなくては…と思いました。
生き方の修正から数々の変化が
「意に沿わないことも、広く大きな心で受け止められますように」と祈願。徐々に目に映る景色が変わってきたのです。「しっかり者のお嫁さんは、息子には必要な人!」と感じるようになり、感謝を言葉に。多忙な中で支えてくれる息子や娘にも、思いを込めて「ありがとう」と伝えることが増えました。
主治医のことも、「私が良くなるように、精いっぱい向き合ってくださっている」と思うと、通院のたびに感謝を伝える自分がいました。そうして迎えた手術、何と主治医がそばに来て、「頑張ってくださいね」と、エールを送ってくださったのです。
手術は大成功。執刀医が、「今までにないくらいうまくいった」「2回も膵炎を起こしているから、炎症を起こしているはずなのに、すごくきれいだった」などと興奮気味に教えてくださり、大きなご守護を感じました。
さらに驚いたのは、長年患っていた糖尿病の数値まで改善されたことです。「不思議なくらい良くなっている」と医師。5種類飲んでいた薬を、一切飲まなくていいことになりました。今は、肩と腰の痛みまでなくなり、元気いっぱいの私。4カ月ぶりに職場復帰もでき、上司や同僚が総立ちで迎えてくれたことにも感謝でした。
思えば、40年前、2人の子供を連れて離婚。情報や知識を得ることに必死で、自分で自分を守ることに躍起になってきたものが、心の根にあったように思います。信者となり、神の教えから「気付く」。その繰り返しの中で、変わってきた「心」が自分を守っていることを日々実感しています。
――人は心で生きている――
「心」を明るく 強くすれば 「体」も強く 健康でいられる
真の健康は 神の心に近づくほどに味わえる
心安心感に包まれて 感謝の思いを深めるほどに 人はゆったりできる
日々心穏やかに生きられるなれば
人は誰も縁を深め 生きがい 喜び多い人生を歩んでゆける
――人は心で生きている――
「心」を明るく 強くすれば
「体」も強く 健康でいられる
真の健康は
神の心に近づくほどに味わえる
心安心感に包まれて
感謝の思いを深めるほどに
人はゆったりできる
日々心穏やかに生きられるなれば
人は誰も縁を深め
生きがい 喜び多い人生を
歩んでゆける
『真実の光・神示 平成17年版』82ページ(中略あり)