No. 1845

職場で言葉の刃に泣いた私
今、誰とも調和する自信が

(愛知県RA/60代女性/生活相談員) 

5年ほど前、転居したのを機に、近くの介護施設で働き始めました。それまで約30年、「患者さんの症状が和らぐように」という一心で、カイロプラクティックの仕事に励んできた私。新たな職場でも、「人のために役立ちたい」気持ちでいっぱい。利用者さんの笑顔を見るだけで、「ここで働けて良かった」と感じていました。そうして仕事に慣れてきた頃、デイサービスの担当へ。そこで、あれほど心が追い詰められるとは思いもしませんでした。 

心が疲弊し、とうとうがんに

待っていたのは、これまでの人生で味わったことのない“言葉の刃(やいば)”。先輩から、やることなすこと厳しく指摘され、覚えが悪い、遅い、駄目…。次々に飛んでくる言葉に、心が疲弊。相手を避けたい気持ちが充満し、次第に出勤するのも苦しくなっていったのです。 

体調まで崩れ始めた頃、胸にしこりが…。乳がんでした。仕事を休んで入院。その間、教会の書籍を何度も読み返し、自分自身をゆっくり見詰めました。やがて、追い詰められた心の奥にあったものが見えたのです。 

気付いた欠点を直すと決めて

人を責め、「どうせ、この人は…」という不満の気持ち。 こうした負の感情が、病気を引き込んだのかもしれません。相手を悪く思うより、調和したい。お互いの良さを生かし合える間柄になりたい。初めて、目の前が開けた思いになりました。 

そんなある日、妹が言ったのです。「お姉ちゃんは、人の話を最後まで聞かない」。ハッとしました。職場でも、同じ言葉を言われたのを思い出したのです。話の途中で自分の意見を言ってしまうことが、確かにあります。まずは、そこから直そうと決心しました。 

最後まで聞いてから話したら…

ありがたいことに、がんは初期だったため、患部の摘出だけで済みました。すぐに職場復帰もかない、以来、教えの実践を強く意識。誰の話も、相づちを打ちながら、とにかく最後まで聞きました。その上で思いを伝えるようにしたら、それだけでお互いの理解が深まり、気持ちよく仕事が進むのです。しばらくすると、今度は、自分の言動が気になりました。「私の言い方、つっけんどん?」。同僚に尋ねてみると、「いや、そこまででは…」。ということは、そう感じるときもあるんだな。気付いてからは、祈願しながら、早口を改め、ゆっくり、温かく、優しく…を心掛けました。 

晴れやかな心に、周りも笑顔に

そうこうするうちに、人の言葉や態度に、感情が乱れることが激減。言い方に配慮して話せるようにもなりました。しかも、苦手な相手を避けたかった心が薄れていったのです。ビクつく気持ちが消えたら、ごく普通に接することができます。それどころか、「やることが多くて、大変そう」「職場を良くしようとしていたのかも…」と、その人の状況を思いやれたり、良い面に目が向いたり。自分の心が晴れやかだと、周りに笑顔が生まれます。「あなたが来てから、職場の雰囲気が変わった」と言ってくれる人も。きつかった人にまで、「あなたに倒れられたら困る」と声を掛けてもらい、必要とされていることがありがたくてたまりませんでした。 

もっと人に役立つ人生を

今、生き生きと、私らしく、周囲と関われています。人を思いやれた分、人からも心をかけてもらい、「いつもやってくれるから、きょうはやっておきました」などと、支え合う場面も増えました。利用者さんも、私を見ると笑顔になってくれ、やりがいを感じる毎日です。今回の体験を通して、神の教えで生きれば、健康な心を保つことも、どんな相手と調和することも、必ずできるという確信が持てました。今後も、教えを軸に人格を磨き、ますます縁のあった人たちの役に立っていくことを目指してまいります。 

「教え」を学び
   「真理」に生きる思いを強く持つ
 この心が深まり 身に付くほどに
    人の心は 明るく 強くなれる
 人の言葉 態度に
    心振り回されることなく
      奉仕に生きる思いが持てる
感謝の思いで
 人・物の存在を受け入れられる時
    人は皆 奉仕の心に生きている
 出会いはますます深まり
    互いの運命を重ね 補う
           関わりが持てる
自ら相手を受け入れ
     関わる気持ちが
       働く意識を生み出し
           成果につながる

(令和4年12月23日〈中略あり〉)