(京都府HI/70代男性/機(はた)織り)
妻が認知症と診断されたのを機に見直した、息子たちとの関わり。離れて暮らしていても、子供たちの愛にどれほど支えられたか知れません。私自身、骨髄異形成症候群を患い、月に数回の輸血が必要な体です。それでも、治療を受け、機を織り、穏やかな介護生活を送ってこられました。
まだまだ縁が薄かった我が家
ところが、妻が急に体調を崩して入院。「末期の症状で、持って数週間」と宣告されたのです。同時に、私の病状も悪化。3週間の入院治療が必要となりました。「妻を一人で逝かせてしまうのでは…」。不安に押しつぶされそうになりながら、偉光会館へ。見えてきたのは、まだまだ縁の薄い我が家の姿でした。「子供には、子供の生活がある」「迷惑は掛けられない」。だから、時折連絡を取るだけ。頼ることはなく、今回も一人でこっそり、妻の遺影と着物を準備していたのです。
「男は妻子を養うもの」。その一念で、仕事も、介護も、一生懸命やってきました。でも、子供の運動会に参加しても、「妻は体が弱いから、わしが一人で付き添うしかない。仕方あらへん」。妻の世話をしていても、「夫婦なんだから仕方あらへん」。心のどこかに諦めがあったのも事実…。それが伝わったのか、以前、妻が入院した際、息子に「寂しい」とこぼしたところ、「僕はずっと一人暮らしだで」と言われたことも。そのひと言をどんな思いで口にしたのか…。我が子の気持ちを少しも分かっていなかったのです。
家族との関わりを深く
「私なり…」であったとしても、家族を思う愛は、うそ偽りのない本物。その愛がきちんと届くように、縁を深めていこうと、あらためて決意しました。すぐさま、大阪と青森に住んでいる息子たちに連絡。「寂しい思いをさせて悪かった」。素直に謝ると、二人とも優しく受け止めてくれました。さらに、「一緒に支えてほしい」と頼むと、「分かった」との返事が。心が通じ合えた喜びに、胸が熱くなりました。「夫婦で一緒に元気になろう。わしが退院するまで待っとってくれな」。希望を胸に、入院できたのです。
青森の次男は神の館へ。大阪の長男夫婦は、妻を見舞ってくれました。「よう行ってくれたな。ありがとう」と、真っ先に感謝を伝えました。妻は息子のことが分からないようでしたが、家族は精神世界でつながっている。心はきっと届いている…と確信。家族の思いに支えられ、私は無事に退院できたのです。そして、妻は生きていてくれました。しかも、面会に行くと、「お父さん」と声を掛けてくれるまでの回復ぶり。すぐに息子たちと、「おまえたちのおかげで、家族のことが分かるようになったで」と、喜びを分かち合いました。
絆が強くなっていく喜び
今、妻は、医師が「こんな人は見たことがない」と驚くほど元気です。お互い、「風邪ひかんようにな」などと気遣う毎日。「歩けるようになったら帰るから」と、妻の心は前向きです。私も、抗がん剤治療と輸血を受けていますが、何の不安もありません。穏やかに過ごせることに、神のお守りを感じます。何より息子たちと連絡を取り合うことが増え、家族の絆が太くなっていくのを実感。本当にありがたいです。
もし、神にすがっていなければ、親子関係は疎遠なまま、世を閉じていたと思います。生かされている今を大切に。夫婦、親子の縁を深め続けていきます。
健康とは
病気 けがのない姿を
いうのではない
精神が安定し
体に心が調和した姿をいう
家族で「教え」を学び
「真理」で関わる人々(ひと)は
まず心が安定し 迷いも消える
家族で
「生きる」真実の姿も共有できる
自然と 家庭は明るくなって
奉仕の心が 家族の心を包み
一つにする
(令和6年8月23日)
※過去に掲載されたこの方の内容は、こちらからご覧いただけます。

