(静岡県TF/60代女性/会社員)
「退職する時、みんなから惜しまれる存在になれていたらな」。昔、考えたことがあります。そうして先日、事務員として35年働いた会社で、定年を迎えたのです。
在職中は、異動などもありました。慣れない職場で、「あの人はミスが多い」「仕事を教えてくれない」などと、身に覚えのない悪口を言われ、みんなからよそよそしい態度を取られた時は、本当につらかったです。「何で…」と周りを責め、憎む心まで湧いてきました。でも、そのおかげで、本気で自分を見詰め、性格の根本部分にてこ入れすることができたのです。
相手の悪意を引き出したのは私
思い返すと、当時の私は、異動に納得していませんでした。だから余計に、「書類に不備が多い」「段取りが悪い」「ちゃんとやってくれれば…」とイライラ。そうしたゆとりを欠いた私の言動が、社内の雰囲気にも影響したはずです。悪口を言いたくなる感覚を、相手から引き出したのかもしれません。
そもそも私は自我が強く、「仕事はこうするべき」と責めたり、求めたりしやすいタイプ。変な正義感で、「許せない!」と躍起になることも。前のチームでうまくいっていたのは、周りがいい人だったから。家でも、末っ子の私は、泣いて思いを通すことがありました。これまで、みんなから許してもらってきたんだと、痛感したのです。
笑顔の関わりに、誤解が解けて
「問題は相手にあるのではない」。神が示される“人としてのあるべき生き方”で、我が身を見詰めるほど、自分の感じ方、考え方の欠けがよく分かりました。その分、絶対に修正しようと気合いが入ったのです。休みのたびに偉光会館に足を運び、心をリセット。家族も親身に話を聞いてくれ、「頑張ってやるしかない!」「応援するから」と、後押ししてくれました。
「周りの人たちに、温かい心で関わっていこう」「できることは惜しみなくやろう」。神が心をお守りくださったおかげで、気持ちを切り替えられました。考えを押し付けたり、先入観を持ったりしないで、分け隔てなく関わっていったのです。仕事の仕方も快く説明。「分からないことがあったら、何度でも聞いてくださいね」と、笑顔で伝えていきました。やがて、私への誤解は解けました。異動の際には、皆さんが、「お世話になりました」「あの時は申し訳なかった」と、声を掛けてくれたのです。
仲間の「ありがとう」に喜びが
先日の退職セレモニーは、それは温かいものでした。「あなたがいてくれて良かった」「いつも優しくしてくれて…」。皆さんの思いのこもったひと言ひと言が、心に染み入り、大きな喜びを頂きました。
現在は、会社人生の集大成とも言えるチームに再雇用していただき、仕事を続けています。在職中に縁のあった人たちのために心を尽くすことができ、やりがいしかありません。一人一人に丁寧に関わっていく中で、「気に掛けてくれて、ありがとう」「そこまでやってくれるなんて」と喜んでもらっています。
確かに感じる自分の成長
かつて苦労した職場の人とも、笑い合う日々。しかも、「あなたのためなら、何でも手伝うから言ってね」と声を掛けてくれる、温かい環境に変わっています。こんな日が来るとは、想像もしませんでした。私には、まだまだ修正しなければいけない感じ方、考え方があります。でも、神が示される生き方が、少しずつ自分の中に根付いてきているのを感じます。地道に地道に生き方を学び高めてきて良かった…。今後も、ますます人格を磨いていきます。
「教え」に「真理」を読み取り
「人生」に生かすほど
人の心は安定し
奉仕に「生きる」思いが深まる
相手の態度・言葉
環境・状況に気持ちのまれず
奉仕に生きること
仕事は
「運命」の力をもって
社会に奉仕する思いが強いほど
生きがいを生む
多くの人の応援 協力 評価を得て
ますます成果を上げる
(令和3年6月23日〈中略あり〉)

