(福島県RK/50代男性/パート)
大手建設会社に就職後、結婚し、2人の子供を授かりました。しかし、妻とは擦れ違い、長男が3歳の時に離婚。一人で実家に戻ったこの頃、私はうつ病になり、やがて統合失調症を発病したのです。感情がコントロールできず、仕事もうまくいかず、数回転職…。それでも、養育費の支払いだけは続けてきました。会わずとも、「子供たちが社会人になるまでは」という思いがあったからです。
6、7年前からは障害者雇用で、介護補助に。ところが慣れてくると、ここでも不満が出てきます。「どうしてうまくいかないんだろう…」そう思うようになりました。
“好転”のきっかけは身近に
偉光会館も勉強会も好きで、ずっと足を運んでいたのに、人生が停滞していた私。けれど、「つかもう」という気持ちになった時、自身の心の姿が鮮明に見えて、ハッとしたのです。もともと私はマイナス思考で、何かあると人から心を閉ざしてしまいます。一方で、自分はもっと高度な仕事ができるのに…という思いもありました。随分、身勝手だったな。重く固まっていた心が、ほぐれ出した瞬間でした。気恥ずかしかったけれど、この気持ちを母に報告。“家族の会話”の大切さも、繰り返し学んでいたからです。母も自分の経験を話してくれて、不思議なほど気持ちが前向きに。負の感情にのみこまれることが、だんだんと減っていきました。
変化を生み出した心の動き
うれしくなるような変化は、職場でも。まずは与えられた仕事に、精いっぱい向き合おう。そんな気持ちが湧いてきて、「お願いします」「ありがとうございます!」と自分から声を出すことが増えました。同僚との関わりも多くなり、時間内に終わらなかったときは、「やっておくよ」と補っていただく場面も。若い人の力になりたい、できることで支えていこう。ますます意欲が湧いてきて、いつの間にか、職場が居心地のよい環境になっていました。「自分の生き方が子孫に受け継がれる」と神の館で学んでからは、一層前向きに。徐々に、離れて暮らす弟や、いつも気に掛けてくれる叔母との関わりも、変わり始めました。
神に頂いた大きな“ご褒美”
昨年には、ついに養育費の支払いが終了。少しは責任を果たせたかな。ホッとしていたことしの5月、思いがけない出来事がありました。25年ぶりに長男に会えたのです。母と元妻の親御さんとで話し合い、私につないでくれました。「生きているうちに会うことはない」と思っていた我が子。お嫁さんと子供たちと一緒に、長男家族4人で来てくれて、もう胸がいっぱいでした。ひとしきり話した後は、「また会おうね」とも。神が下さった、何よりの“ご褒美”だったと思います。帰宅後、母に写真を見せると、息子は若い頃の私に、孫は親戚に似ていると大盛り上がり。掛け替えのない時間を過ごしました。
今、統合失調症は「寛解」と言われています。神にお守りいただいて、私の心は大きく成長できました。この経験が、どなたかのお役に立てば…と願っています。
「教え」が
今あるべき我が「心の姿」を示す
悩み抱えた今こそ
心素直になって 神示に触れる
神示を読み込むほどに
「心の姿」は安定し
自ら正すべきこと(真実)が
見えてくる
「教え」に生きるほど 人間は
「運命」に重なる「人生」
心の動きが取れる
「人生」に生きがいを味わい
「夢」多い日々(人生)を歩む
人(人間)の心が ここにある
(平成31年4月29日〈中略あり〉)

