No. 1872

この家に嫁いで良かった!
認め合える家族になれて

(愛媛県KM/40代女性/主婦) 

柑橘(かんきつ)農家に嫁いで13年。3人の子供を育てながら家事と農作業をする生活は、楽しいことばかりではありません。ワンマンで気難しい義父には、あらゆる場面で叱責されます。「これがしつけだ」と、子供たちにも容赦なしです。その上、夫は肝心な時にスーッと姿を消してしまう…。数えきれないほど泣きました。心の中は不満や怒りで、常に攻撃状態。いつしか、体内でも免疫機能が自分を攻撃し始め、3年前にリウマチを発症してしまったのです。 

“訳”を穏やかに伝えたら…

頻繁に擦れ違う、夫婦の心。「ゲームばかりしてないで、家族に関心を持って」「私を守って」など、求める思いは膨らむ一方でした。でも、そんなことをしても、心の距離はますます遠のくだけだったのです。 

実は、夫も、私も、親が不仲の家庭で育ちました。父母の争う声が飛び交い、逃げ場がなく、本当にしんどかった私の幼少期。波風を立てないように気持ちを押し殺し、本心を伝えたことなど皆無でした。「このままでは嫌だ。変わりたい」と、本気で思いました。以来、「寂しいから、少しゲームを控えて」「冷静でいられないから、お義父さんに怒られたときは、そばにいてほしい」。穏やかに“訳”を伝えると、何とその全てに応えてくれたのです。「自分の弱さを認めて、素直に夫を頼っていけばいいんだ」と、私たち夫婦の先行きに、光が差した気がしました。 

互いの気持ちを伝え合って

そうしたある日、夫の心配を「否定」と受け止めた私。「もういい!」と突き放され、初めて夫に打ち明けました。育った環境下で、私を思っての言動も疑ってかかり、全てマイナスに捉えるようになってしまったことを。すると、「大変だったね」と夫。「でも、みんなが否定するわけじゃないし、俺も本当に心配したんだよ」。そのひと言に救われ、ありのままの思いを伝えられました。「視野が広がって楽になった。これからもアドバイスしてね」と。 

それからは、思いを隠さずに伝え、夫の気持ちも聞くように心掛けました。時に本来の性格が顔を出すものの、以前と違うのは、素直に謝れること。「ごめん。またマイナスの受け取り方をしちゃったね」「僕もぶっきらぼう過ぎたね」。お互いに、心を込めた言葉で伝え合います。思いを擦り合わせていく心地よさを感じるようになりました。 

夫がいとおしい存在に

夫も変わりました。義父に、私の頑張りを伝えてくれ、親子で過ごす時間も増えています。子供たちと話す夫の優しいこと。「あなたは聞き上手ね。私まで温かい気持ちになるよ」などと伝えると、夫も、感謝を言葉にしてくれます。「君が農作業や育児を頑張ってくれているから、俺も仕事を頑張れるよ」。気付いたら、私の心は、夫へのいとおしさでいっぱいになっていました。 

家族との触れ合いにも変化が

夫の愛情に背中を押され、義父にも、丁寧な言葉で、素直な気持ちを伝えていきました。すると、いつものように怒鳴った後で、「わしも悪かった」と謝ってくれたのです。どこかで避けていた義父の存在。私の方こそ、歩み寄る心が足りなかったと反省しました。その後、夫から、義父が私の剪定(せんてい)を褒めていたと聞いた時は、うれしくてたまりませんでした。最近では、何でも話せます。義母も心の内を口にするようになり、気付いたら、和気あいあいと過ごす家族になっていました。 

私は、この家に嫁いだから変われました。「和のある家庭」が、どれほど幸を運んでくれるか。義父母や夫に出会っていなければ、今も本心をしまい込んだままだったはず。心を開いて人に触れ、思いを重ねていく喜び。私は、仕合せです。一時はつえを突き、段差では、手で足を持ち上げていた私の体。薬がよく効き、不思議なほど症状が治まりました。今後も自分を見詰めて、潤いのある心で家族と関わっていきます。 

「教え」で関わる家庭を築く
           努力をするべし
 自然と心は安定し
   感謝の思いが
     「人生」の迷いを消してゆく
 成すべきことは
   奉仕の心を知って
     出会いを生かす心を欠かない
 気持ちは 明るく 強く
   人々に関わる思いが深まってゆく
  この時に 人間は
        真の健康を手にできる

(令和6年2月23日)