(福井県HY/50代女性/会社員)
信者となったのは、20年ほど前、実家で起きた娘の事故がきっかけでした。「意識は戻っても、普通の生活はできないでしょう」医師の突き放すようなひと言。その後の対応を巡って、実家とは絶縁状態となりました。先行きへの不安や悲しみ、孤独感を抱えた私は、居場所を求めて、「とにかく良い嫁になろう」と必死でした。
そんな私を受け入れてくれたのが義母でした。わずかな障害を残しながらも、元気に退院できた娘にも、リハビリや学校の送迎と、常に寄り添ってくれました。明るくて、愛情表現豊かな人柄に、どれほど支えられたかしれません。だからこそ、いつしか私の中に、「嫌われたくない」という思いが強くなっていきました。言動に一喜一憂し、「家族は何でも話す」と学んで、思い浮かべるのは義母のこと。夫婦で決めたことも、義母のひと言で変更。全てにおいて、義母が中心となっていったのです。
見つけたズレを修正すると…
「家庭」を大切にしているつもりでも、小さなことに心が揺れて、どこか穏やかではない私の毎日。夫と受けた教務相談が転機となりました。家庭を1本の木に例えると、夫は根、妻は幹、子供は枝先。枝が繁茂するには、夫婦で心を重ねることが大切。何度も学んできた神の教えです。けれど、続く言葉にハッとしました。「○○家には、あなたたちご家族の木と、ご両親の木と、2本あるんです。隣の木ばかり気に掛けていませんか」。本当だ! ストンと腑(ふ)に落ちたのです。
帰り道、すぐに夫に謝りました。「ずっとお義母さん中心やった。ごめんの」。ぶっきらぼうな夫ですが、照れくさそうな表情から、確かにうれしさが伝わってきます。それ以来、夫に何でも相談し、二人で出した結論を大切にする。私に軸ができました。すると、不思議と夫にも変化が。言葉がキツかったのに、「ありがとう」などと言ってくれます。私に対してだけでなく、家族みんなにそうで、子供たちが「お父さんが優しくなった」と喜ぶほどでした。
家族一人一人が生き生きと
その後、認知症が分かった義母のため、今はそれぞれができることをしています。夫は位置を確認しながら、家中に手すりを付け、介護職の娘は「週末は、私がばあちゃんと寝る!」。義父も、時に夫婦げんかをしながらも、そばで支えています。先日、着替えを手伝う私に、義母が言ってくれました。「言いたい放題言って…。今までごめんの。ありがとうな」と。涙が出るほどうれしかったです。“家庭での立ち位置”をつかんだら、みんなで声を掛け合い、家族として本当の関わりができるようになりました。
親との縁も、少しずつ深めて
関係が途切れていた実家とは、少しずつ関わりを取り戻し、母のために一緒に病院に行くことも。認知症になった実母は、これまでになく穏やかで、そばにいると、不思議といとおしさを感じます。「さっきも聞いたか?」「何回でも聞きね。何回でも言ってあげるから」。温かな気持ちでそう言えることが、ご守護と思えてなりません。
子供たちが「お父さんとお母さんを見ていると、安心する」と言ってくれる今。家族の縁が深まって、より“しっくり”した喜びを味わっています。
「真理」を学び
教えを我が家に生かすなら
自然と家族の思いが重なり合って
「心(魂)」安らぐ家と生(な)る
我が身(人生)の分 立場をよく悟り
家族に我が「思い」を語るべし
この思い(信念)が深まるほどに
家族の心(愛)が見えてきて
「生きがい」手にする
人(人生)と成る
『真実の光・神示 平成25年版』11ページ(中略あり)