No. 1514

長年のわだかまりが消えて
届いた不器用な“親心”(続編)

(福岡県AS/60代女性/主婦) 

5月23日の「神の実在体験談」。「私と同じ!」思わず叫んでしまいました。かつて私にも、義母、実母、夫…と、抱え続けたわだかまりがあったからです。 

しかし、勉強会で得た気付きから、状況はどんどん好転。義母や夫との向き合い方が変わり、「神の実在体験談」にも掲載していただきました。さらには、義母のためにと、夫と話し合うことが増えて、夫婦の絆もますます深まったのです。少しずつ、でも確実に前進していく家族の関わり…。けれど、どうしても変えられなかったのが、実母との関係でした。 

自分主体の見方が変わると…

母は、人には惜しみなく尽くす半面、家族に厳しい人でした。幼い頃から「女の子らしく」を求められ、褒められた記憶はありません。やがて、私に子供が生まれると、今度は子育てを批判されました。「私は駄目なんだ」。抱え続けた暗い思いは、次第に、「お母さんの方が間違ってるんじゃない!?」という反発へと変わっていったのです。 

それでも週に何度かは、離れて暮らす母に連絡する日々。ある時の電話で言われました。「あなたには分からない!」と。それが妙に心に残ったのです。考えてみれば、人の言うことを素直に聞けないのは、私も同じ。「お母さんも一生懸命だったのかな…」。“母の気持ち”に思いをはせた時、心が動き始めました。

そこで思い出したのです。子供たちが幼い頃のこと。私たちが帰省するたびに、母は「子連れは大変だから」と、家まで送り届けてくれました。片道数時間もかかる距離を…。子育て中も、どこか安心感があったのは、親が見守ってくれていたから。自分主体の心が消えて、ようやく見えた、母なりの「親心」。涙が止まりませんでした。 

離れていても感じる家族の心

少し前から認知症が始まった母は、弟と一緒に住んでいます。離れていても、何かできることを。向き合う心が、少しずつ変わっていきました。すると、電話をしても、反応が違うのです。以前は愚痴ばかりだったのに、「毎日が楽しい。周りの人に良くしてもらって、ありがたい」などと言います。その陰で、どれほど弟家族が心を尽くしてくれているか…。そんなこともあらためて感じ、家族の心の重なりに、感謝が込み上げました。 

あらためて気付いた両親の愛

ことしの5月には、父の明生の儀(法要)を行いました。父に向けて、「仕合せです、安心してね」と語る母。その表情は、見たことがないほど穏やかで、込み上げる思いがありました。思えば、寡黙な父と、口うるさい母。両親は「立派」ではないけれど、世界中で誰よりも、私たちを愛してくれました。今の私があるのは、そのおかげ。ずっと見落としていた大切なことに、ようやく気付けたのです。 

今、母は89歳、義母は95歳。人生の完成期を迎える2人には、「本当に良い人生だった、仕合せだった」と笑顔でいてもらえるように…。「できるだけのことをしてあげよう」そう夫と話し合える日々に、仕合せを感じています。

「教え」で触れ合う家庭をつくる
             努力をする
 家族の会話が増えて
  情をかけ
    互いに関わり
      支え合う心(愛情)が育つ
人間は
 「教え」を学び
    実体を高めるほどに
      「真実の愛」に生きられる

『真実の光・神示 平成31年・令和元年版』92ページ