No. 1503

夫婦の心が重なるほどに
心にも体にも表れた奇跡

(愛知県TO/70代男性/無職) 

何でもきっちりこなす妻、のんびり楽しくいきたい私。まるで性格の違う夫婦でした。 

理容業を営む妻は、とにかく頑張り屋。「出掛けよう」と誘っても、仕事があるからときっぱり。子供を宿しても、家事まで完璧にこなす姿は、休むことを知らない人のようでした。妻の心に入る隙がなく、その寂しさから、私の心は外に向いていきました。はたから見れば仲の良い夫婦でも、心は重ならないまま、40年以上もの月日が流れていったのです。 

今できることがはっきりと 

そんな私たちに大きな転機が訪れました。昨年5月、妻が膵臓(すいぞう)がんのステージⅣと判明。半年持つかとの診断でした。突然の余命宣告、先が長くないことが分かった時、悲しみや悔しさよりも、別の思いが込み上げたのです。「妻のためにできることは、何でもやってあげたい」。 

神の教えを学んで、ぴたっと響いたのは、伴侶に起きた問題は、夫婦二人の問題として関わること。今までの自分は卒業して、二人で病に向き合っていこう。今こそ、夫としての心を身に付けて、妻を支えようと気持ちが固まりました。 

頼られる喜びをかみしめて 

妻は、車の運転や家事が徐々にできなくなると、私を頼ってくれるように。「買い物に連れていって」「いいよ。何でも言って」。こんな何げないやりとりが、私たちには初めてで新鮮。妻に教わりながら作るみそ汁も、二人で支え合っている気がして、うれしいひとときでした。 

人前では痛みをこらえても、私の前では「痛い」と訴えることも。そんなときは、一晩中、妻の体をさすってやりました。夫婦で手をつないで、どこに行くのも一緒。それがやっとかなった感覚でした。「お父さん」と頼られるたびに、最後まで仕合せに過ごそう…と本気で思いました。 

家族で関わるところに

闘病中の妻を、多くの人が励まし、支えてくれたことに感謝しかありません。そうした中で言うのです。「やっぱりお父さんが一番!」胸にじんときて、涙がこぼれました。夫婦の心が重なっていく。それに比例するかのように奇跡が表れたのです。無理と言われていた年越しも、桜を見ることもできたばかりか、体力が出て、偉光会館にも行けるまでになるとは…。“仕合せの基”と言われる家庭が整うと、こんなにもすごい力を起こすのだと痛感した思いです。 

妻の最後の願いは「神総本部に行きたい」。何としてもかなえようと、3人の子供たちやきょうだいと力を合わせて、みんなで関わりました。そして、車椅子に乗り、私が押しながら、神の御元へ。思いの丈の「ありがとう」の感謝を伝えられた妻は、心から満足しているようでした。その半月後、心の世界へと旅立ったのです。 

心が流れて安心感へと

玉納奉寿(葬儀)の折、神から頂いた信子(心の世界の名前)には「嬉澄」の文字が。妻の魂が縁者を見詰める心根は、曇りがなく清らかで、うれしいと喜んでいる…と伺いました。 

生前、妻は、子供たちに自分の気持ちを伝えていました。思いを全て語りきり、流せなかったことも全てきれいに流し去り、本当の意味で、悔いなく、安らかに旅立っていった…。そう思うにつれ、「まだまだできることがあったのでは…」という心残りは薄らぎ、安堵(あんど)感に包まれました。家族の心が、さらに強く、深く結ばれていくことが妻の願い。それを果たすのが私の任と心して、子供たちと関わり、もっと妻に安心してもらえるよう努めます。

家族で「教え」を学び
    和のある家庭を築く努力をする
 家族一人一人の人生が
      重なり 関わりを強めて
   「心の道」に良き因を残してゆく
人生の終日を迎えた時
 故人も 家族も
  共に歩んだ人生に「思い」を返し
     感謝 感動の心を深めてゆく

『真実の光・神示 令和3年版』64ページ(中略あり)