父との確執が氷塊
穏やかな晩年の日々が
(兵庫県MG/70代男性/会社員)

昨年末、97歳になった父が信者籍を置きました。長い間、父に振り回されてきた私ですが、残された時間を大切に、真実の親子として歩んでいこうと思っています。

壮絶な家庭環境を乗り越えて

母は、長男をもうけた後に夫を亡くして父と再婚。次男の私が生まれました。家を守ることが第一で、後継ぎの兄とは随分違う扱いを受けた日々。高校も、工場で働いて学費を稼ぎ、定時制に通いました。夜遅く帰っても、食事の用意さえなく、母も味方ではありません。父とは会話もできない状態でした。

社会人となってからは金銭面で頼られ続け、妻や長女にまでつらく当たられて、家を出ることを決意。一文なしの私たちを見かねた義母の勧めで、信者籍を置いたのです。家族の大切さを説く神のお言葉が心に染みました。夫婦で教えを学び、悩みがあっても妻と乗り越え、初めて人生に妻という強い味方を授かった気持ちでした。

負の連鎖を断ち切るために

夫婦の絆を深めながら人生を重ね、子供たちも社会人となってしばらくたったころ、母が他界。父は兄に見放され、何と私が世話をすることになったのです。

苦しくてたまらず、神の教えを必死に学び直しました。やがて、「父が家族を傷つけるのは、悲しい家庭で育ったから。自分でもどうしようもなかったのだろう」と思えたのです。そして、我が家を負の連鎖から救うために、父が生きている間にしっかり向き合おう、妻と子のために克服しようと決心しました。

毎回、神の館で祈願して、父の元に通いました。妻は、「頑張って」と料理を持たせてくれました。それでも、「お前の世話にはならん」と憎まれ口をたたく父。その気持ちを受け止め、温かい言葉を心掛けること5年。気が付いたら、「すまんな」「頼む」「ごちそうさん」など、聞いたこともなかった言葉が、父の口から出るようになっていたのです。

父子の確かな絆を実感

さらに、徐々に体調を崩すことが増えた父に、「頑張れ」と呼び掛けると、黙って私の手を握り締めるように。病院では、看護師さんに、「これがわしの息子だ」とうれしそうに言います。私も、「お父ちゃん」と言えました。

その後、施設に入所した父は、認知症もあってか、わだかまりのない表情で、「ありがとう」と私の手をなでてくれます。今は、心の重しが取れて、感謝しかありません。父は、我が家に悲しい実体があることを教え、それに打ち勝つための糧になってくれたのだと思います。親を慕う心になれたのは、神のおかげであり、妻と子の応援があったからこそ得られた奇跡です。

父の信者籍を登録して間もなく、施設を訪ねたある日。コロナ禍で面会ができないため、スタッフが窓際まで父を連れてきてくれました。駐車場にいる私と手を振り合い、心はつながっていると確信しました。

有限の人生の中で結ばれた確かな絆に、私の心は軽く、大きな仕合せを感じます。

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