コロナ禍で、突然長期休暇を言い渡されました。今後の生活や子供の学費などを考えると、不安は尽きず、「ずっと頑張ってきたのに、なぜ…」と、会社を恨む心も出てきました。
先のことを考えるよりも…
しかし、いくら先を考えても、私は何もできず、無力です。そんな時、神の館で教務相談を受けて、気持ちにヒットした言葉がありました。それは、「神の教えで心を変えられる」ということでした。
今、目を向けるべきなのは、先のことではなく、自分の心だったのです。振り返れば、私の心を埋め尽くしていたのは、給料や待遇のことばかりでした。昔、母に言われた「雇ってもらえることに感謝ですよ」のひと言を思い出し、ハッとしました。
それに、他の社員も同じ状況にあり、社長はもっと大変なはず…。そう思うと、もやもやした心がすーっと流れていきました。
初めての料理で得た気付き
家庭での自分を思い返して、見えてきたこともありました。仕事人間の私は、「外でしっかり働くのが夫の務め」と思い、家で家族に何かしたことはありませんでした。
そこで、長期休暇中、初めて料理をしてみました。家族に喜んでもらいたくて作ったのは、大根おろしです。でも、手際が悪く、時間がかかってしまいました。
苦戦する私を見た息子が、「遅いなあ」と冷やかしてきました。すると、妻が「大根は、ゆっくりおろした方がおいしいのよ」とフォローしてくれたのです。思えば、妻は、いつもこうして寄り添ってくれていた…。ようやく気付きました。以来、それまで言葉にしていなかった「ありがとう」が、自然と口から出るようになりました。「行ってきます」「行ってらっしゃい」の挨拶も、とても心地よく感じるのです。
全く違う心の不思議さ
その後、仕事も徐々に始まりましたが、これまでと心が全く違います。何でも精いっぱいさせていただきたい。もっとお役に立ちたい。そんな思いが込み上げてきます。
変わらないはずの心が変わる。コロナ禍の中で体感しました。毎日がこれほど充実していくのかと、驚きとともに感謝です。