(宮城県YC/80代女性/主婦)
30代で夫を亡くして以来、私は、子供たちを守りたい一心で過ごしてきました。小学生の息子たちを母に託し、「夫の分まで頑張らないと」と働く日々。ところが、どこで擦れ違ったのか、長男と距離ができてしまったのです。10年ほど前に母を送ってからは、家にも寄らず、たまに来ても素っ気ない態度。嫁や孫は顔を出してくれるのに…。「どうしてだろう」。答えの出ない問いを、ずっと抱えてきました。
一編の神示から動き出した心
止まったままの心を動かしたのは、一編の神示です。
神は 信者の人生(こころ)を見ている
「実体(こころ)」磨き
高めるほどに
信者の人生(こころ)は
神の手の中
守られ 導かれ 救われる
(令和6年3月10日〈中略あり〉)
「心を磨く」ために、何をしたらいいんだろう…。神示を繰り返し読む中で、ふと、教務相談を受けてみようと思いました。信者となって約40年、初めてのことです。偉光会館で心の底にあった苦しさを話すうち、自然と見えたものがありました。「頑張らないと」という思いが先行し、息子の気持ちに深く寄り添うことも、愛情を伝えることも後回しになっていた、と。私が変わらないと駄目なんだ! 込み上げた思いを神殿で祈願。そして、思い出したのです。もうすぐ長男の誕生日…。孫たちも頑張ってるし、久しぶりにお祝いしてあげたいな。そんな思いを嫁に相談すると、私の家に集まることになりました。
どうしても伝えたかった思い
この日のうれしさは、決して忘れられません。「お誕生日おめでとう。孫たちを立派に育ててくれてありがとう。親として、こんなにうれしいことはないよ」。ずーっと言いたくて、なのに、どうしても言えなかった思い。神が後押ししてくださったかのように、不思議と言葉にできました。そして、伝えると同時に、長年の葛藤がスパッと消えていったのです。その後は、「おめでとう!」「おいしいね!」の連発。仕合せな時間を過ごしました。
「心を磨く」決意をさらに強く
後日、長男から、「おばさんの弔問に一緒に行かない?」と連絡がありました。私一人で行くには遠く、ずっと気掛かりだったことは、息子も知っていたはず。でもまさか、誘ってくれるなんて…。当日は、義妹も駆け付けてくれ、親族で縁を深められました。この日、もう一つ忘れられない出来事が。昼食のラーメンを勢いよくすすった私。それを見て、息子がティッシュを差し出してくれたのです。「ありがとう」。思いがけない優しさに、目頭が熱くなりました。それ以降、孫の送り迎えを頼まれたり、私自身も老後について一緒に考えてもらったり。どんなときも一人で頑張ってきた私が、家族と支え合い、時に「よろしくね」と頼れる喜びを味わっています。
思えば、父は、私の生後間もなく他界し、夫も43歳で亡くなりました。2人の息子を守らなければ…、どこかに救ってくださる方がいるはず…。そう探し求めて出会えた神が、大山命でした。今、長男は50代半ば。かわいい孫たちのためにも、さらに良い生き方を残せるように、生涯「心を磨く」思いを深めています。
悔いなき人生
手にする極意を求めて
「教え」に触れる
自然と
あるべき家庭の姿(基本)が
見えてきて
家族と関わる思い(愛情)が芽吹く
「教え」で触れ合う家庭をつくる
努力をする
家族の会話が増えて
情をかけ
互いに関わり 支え合う
心(愛情)が育つ
人間は 「教え」を学び
実体を高めるほどに
「真実の愛」に生きられる
(令和元年6月23日〈中略あり〉)

