No. 1915

人間不信だった自分が
人に役立てる喜びを

(山梨県MI/60代男性/和菓子製造会社勤務) 

若かりし頃の、離婚のつらい経験。一方的に悪者にされた上に、全てを持って行かれた…。そう感じてしまった私は、以来、人間不信に陥って、人を疑いの目で見るようになりました。苦しむ私を励ましてくれた友人にさえ、「信じられるか!」と罵声を浴びせ、自分の殻に閉じこもっていったのです。もともと短気でもあり、仕事も長続きしませんでした。 

戸惑いが取れ、前を向くことが

そんな私を心配して、叔父が、「うちで働かないか」と声を掛けてくれたのです。しかし、人と関わりたくない私にとって、一番やりたくない営業の仕事…。生活のために就職したものの、戸惑いがあった私に、隣家の方が、神の館で学んで、祈願するといいよと勧めてくれたのです。 

信者とは名ばかりでしたが、わらをもつかむ思いで偉光会館へ。ご神前で祈願していると、不思議と張り詰めていた心が温かさに包まれて、安心感が…。神は実在している…、そう初めて感じた瞬間でした。勉強会では、「物事を大きく受け止める」ことや、「相手のために奉仕して生きる」大切さが、心にスーッと入りました。人を疑う心ではいけない、仕事を頑張りたいと、強い気持ちで前を向けたのです。 

思いを感じ取れるように

とはいっても、お客さまから突き付けられるのは、厳しい要望や意見ばかり。「そんなの無理でしょ」「こっちの身にもなってほしい」とかちんとくるたび、心を切り替えられるように、すぐに祈願を。そうしていると、相手の要望の裏に、困っている事情や「いい物を作りたい」という必死さが感じ取れ、「この人の力になりたい」と思えてくるから不思議です。相手のニーズに耳を傾けながら、思いに沿う提案を…と誠心誠意尽くすうち、心が通い合い、人と関わることを楽しく感じるようになったのです。同時に、自然と成果も上がっていきました。 

上司から注意されても、冷静に耳を傾けると、改善点を教えてくださっていると分かり、お礼を言えました。そうして、人と良い関係を築きながら、微力ですが会社に貢献。途方に暮れていた自分を拾ってくれた恩返しの思いで、60歳の定年まで勤め上げることができたのです。 

こんなにも変われるとは

昨年、母を見送り、一人暮らしになりました。しかし、まだまだ「役に立ちたい」思いがあふれて再就職。雇ってくれた感謝と、できることなら何でも…の奉仕精神で、梱包(こんぽう)や出荷などに汗を流しています。時に短気が出て、強く言い過ぎても、翌日には「嫌な思いをさせて悪かった」と謝れる自分に。相手も「よいさよ~」と笑顔で返してくれました。昔なら、感情をぶつけてくる人がいたら、自分も感情を出して、すぐに辞めていたでしょう。そんな私が、同僚から「誰とも和やかに接して、10年以上いる古株のようだね」と言われるなんて…。短気で、人間不信だった自分がこんなにも変われたことに、うれしさが込み上げました。 

縁を大切に、自分にできることを

かつて心を傷つけてしまった友人にも、謝ることができました。「大丈夫だよ。それより元気だったか?」と受け止めてくれて、再び縁がつながりました。この神を知らなければ、世を恨み、憎み、孤独に人生を終えたと思うと、感謝の念に堪えません。これからも、人との縁を大切に、自分のできることで誰かの役に立つ人生を歩んでいきます。 

「運命」の力を社会(よ)に
           奉仕するほど
  人間は 「人生」に生きがいを
         感じる存在(もの)
「教え」に気付きを得て
     「人生」に生かす努力をする
 自然と 出会いが生まれ 広がり
       「人生」に自信が持てる
 「運命」に導かれる心の動きが
    奉仕に生きる思いを引き出し
   万人・万物 出会いの全てが
             味方と返る

令和8年3月23日〈中略あり〉