(大分県HF/30代男性/団体職員)
私は、せっかちです。中古自動車販売組合の事務局長として働く中でも、その性格がもろに出てしまいます。部下が何か言おうとしても待てない。「自分やったら、こうやるけどな」とイライラ。そのくせ、「意図は伝わっているだろうか…」と不安になったり、焦ったり。もどかしい思いを抱えながら、一人で空回りしていたのです。
持ち味が重なり合う心地よさ
転機になったのは、夏の年代の研修会に参加したこと。会場には、心地よい空間が広がっていました。でも、それは偶然などではなく、一人一人の意識によってつくり出されていることに気付いたのです。ディスカッションの場では、積極的に発言する人、全員が参加できるように気配りする人、相手の話に真剣に耳を傾ける人たちがいました。まとめ役を買って出る人も、決して自分の意見を押し付けず、みんなの考えを尊重しています。その姿と重なって、「互いの持ち味を重ね、補い、支え合う」という神の教えが、心に深く残りました。
自分本位でなく、「奉仕心」で
「職場が、こういう雰囲気にならないのはどうしてだろう」。振り返って見えたのは、「自分の常識」を相手に当てはめ、同じような成果を求める思いの強さでした。焦っていっぱいいっぱいになっては、何とかうまく回そうと、「あれやって」「これやって」「こうした方がいい」。言わなくても分かることにまで、細かく指示出し。本当に自分本位だったと痛感しました。そして、お互いの運命を重ね、補い、支え合うには、この態度を改めなければ…。まずは、うなずきながら、話をよく聞いてみよう。困っているようなら、奉仕心で惜しみなく関わろうという気持ちに。早速、職場で実践を始めました。
一呼吸置いて聞いてみると…
いちいち指示出しする癖が出るたびに、「もっと相手を尊重して、任せる気持ちが持てるように…」と祈願。すると、一呼吸置けて、最後まで話を遮らず、一緒に考えていく姿勢を取り戻せます。おかげで、同僚や後輩が、いろいろ話してくれる場面が増えていきました。「こんなこと、思っちょったんやな」「そういう考え方もあるな」と、新たな発見が楽しくてたまりません。「そのやり方でやったら、うまくいくかも」と思う意見もたくさん出てきて、「私の考えが正しいとは限らんしな」と、気持ちが変化。自分の関わり過ぎが、いかにみんなの自主性を抑えていたか…反省しました。
相手の良さを引き出す関わりを
だんだん、私が指示する前に、取引が減っている原因を探ってみたり、少なくなった備品を購入しておいたりと、自ら気配りしてくれるように。以前は、私に「やらされている感」がないか、心配に思うこともありました。しかし、今は、みんなが楽しそうに意見を出し合う姿に、それぞれの「持ち味」で前面に立ってくれているのを感じます。研修の時に味わった心地よさが、職場にも満ち始めているのです。
もし神の教えを知らなければ、一人で成果を出そうと焦って、プレッシャーに押しつぶされていたかもしれません。これからも、みんなが生き生きと活躍できるように、ゆとりを欠かず、仲間の良さを引き出す関わりを続けていきます。
「教え」を学び
「真理」に悟りを得るほど
人間は
「運命」の力を
世(社会)に奉仕する人を目指す
目指すほど 「心(運命)」は磨かれ
万人 万物を優しく包み
受け入れる心(実体)が
芽吹いてゆく
互いの運命を
重ね合わせる「出会い」にこそ
仕事の姿(真実)がある
(令和2年3月10日〈中略あり〉)

