(京都府MT/80代女性)
こだわりが強く、人の言動が許せない。私の悪い一面です。3年ほど前の引っ越しをきっかけに、それが一気に噴出しました。
環境の変化でイライラが募って
住み慣れた神奈川県を離れ、京都の古民家に移住したのは、同居していた息子夫婦の強い希望。「やりたいことがある」「お母さんを一人で置いていけない」と説得され、渋々でした。気軽に神総本部に参拝していた生活が一変。兵庫県の偉光会館までは車で1時間半。しかも、息子たちは家のリフォームに忙しく、なかなか連れていってくれません。買い物ができる店も近くにはなく、「ここは嫌だ。帰りたい」という思いばかりが、心に充満していきました。
そんな中で忍び寄ってきた不穏な空気…。私の不満が息子たちにも伝わっていたのでしょう。嫁と心が擦れ違い始めたのです。何か言われれば、私も負けじと反論。以前はうまくやっていたのに、3人でイライラを募らせる毎日でした。
仲間の言葉が好転のきっかけに
ふさぎ込む私に心をかけてくれたのは、地域の仲間でした。神の館に誘ったり、自宅を訪ねてくれたり。ある時、その中の一人が、「神の教えを学ぶたびに気付くことがあって、心がどんどん変わっている」と話してくれました。そのひと言に、「私も変わりたい!」と強く思ったのです。
「仕合せの基は和のある家庭」。何度も学んだ教えさえ忘れていた当時の私。嫁に対して、「正そう」「分からせよう」という気持ちでいっぱいで、相手の考えを分かろうとしていませんでした。それでも、毎日、最新の教えが掲載されている『友輪』を読み続けるうちに、相手に求めるのではなく、自分から寄り添おう。思いを受け入れようという心に。こだわりが薄れ、気持ちが落ち着いていくのが不思議でした。
ゆとりが戻ると、新たな環境で頑張る息子たちの努力に目が向きました。大変な中でも、嫁は明るく一生懸命。その良さを素直に認めることもでき、「頑張ってくれて、ありがたい」「二人と暮らせることも当たり前じゃない」と、自分の心が見る見る感謝色に染まっていったのです。日に日に穏やかな会話が増えていきました。
感じ方、考え方をより高く
今も、3人の平穏な毎日が続いています。周りの環境がこれまでと全く違っても、子供たちと心が通い合うこの家を、「終(つい)のすみか」と思える今が本当に仕合せ。転居は大変でしたが、自分の「心」を見詰め直す好機になりました。追い込まれたときに出る素の自分。その感じ方、考え方を磨き高めていきたい。そして、良いものだけを子孫へ残したい。ことし、「明魂」誓願の儀(神と歩む決意を表す儀式)で誓った思いを胸に、一日一日を大切に生きていきます。
――我が家族を受け入れる――
家族を愛し 家族を頼り
共に声掛け 支えて人生歩む
「神の教え」を学び
我が心(人生)に生かすなら
人は誰も
家族に思い(心)を向けるもの
――仕合せの基は 和のある家庭――
この一言「真理」に
「開運」かなえる
心の真理(姿)がある
『真実の光・神示 平成28年版』34ページ(中略あり)