No. 1563

「心の裁判官」をやめて
人間関係で悩まない自分に

(佐賀県CE/70代女性/主婦) 

私は主婦です。しかし、その心は、まるで裁判官か警察官。人間関係で悩むことの多い人生を送ってきました。 

近隣トラブルに裁判官癖が…

近所に新しくできたアパート。そこの住人から、ある日、声が掛かりました。「たき火の煙で喉が痛くなり、病院に行ってるんです。『庭で燃やさないで』とお願いしても、聞いてもらえない」と困った様子。この辺りの家は、どこも庭が広いので、落ち葉やゴミなどは、自分たちで燃やしてきました。 

すると今度は、燃やしている側の人から。「アパートの人、何か言ってきたでしょ? 私たちが先に住んでいるのに、『燃やさないで』なんて、おかしいと思わない? 窓が開いてないときに、少しずつ燃やすようにしてるのよ」と言うのです。 

心の裁判官の私は、アパートの住人側に。「私も前はボンボン燃やしていたけど、今は燃やしにくい時代になったね。通院しているみたいだし、もう燃やさない方がいいんじゃない? ゴミの日に出そうよ」。穏やかに伝えたものの、その奥さんは怒り出してしまったのです。 

はっきり見えた“根本原因”

また、こうなってしまった…。ショックでした。いつも巻き込まれたり、誤解されたり。そうした事態を引き込む原因がどこにあるのか? 心に浮かんだのが、勉強会で聞いた「家族や周囲に対して、裁判官や警察官にならないように」というお話。私は、正義感の強さから、心の中では相手を責めて、見下げる思いもあった。だから、正しいことを言っても伝わらないんだ。そもそも、相手に注意するような立場でもなかった…と気付いたのです。 

怒り出した近所の奥さんは、私に教え諭されたようで、カチンときたのだと思います。長年、対人関係で苦労してきた根本原因が、はっきり見えました。 

夫との日常から気付いて 

そんなある日、夫から、「また責める」との言葉が。実は、よく言われるのです。決して責めているわけではないのに…。しかし、振り返ると、夫に頼んだ草刈りが、思っていた以上に広範囲で、掛けた言葉が「あんなに刈らなくてよかったのに」。暑い中、みんなのために広く刈ってくれた夫に、お礼もねぎらいもなかった…。自分の中にある「こうあるべき」に沿っていないと出てしまう、ズバッときついひと言。言葉足らずなところも大反省でした。 

程よい距離感をつかめたら

こうして、次々と修正点に気付けた今、人間関係が実に滑らかに。ボランティアで役に就いているため、人の批判など、いろいろなことが耳に入ってきます。でも、そこで裁判官にならず、課題はみんなで考えるように。いつも祈願しているので、「これ以上は、関わり過ぎ、言い過ぎになる」と気付けるのです。近所の人にも、「あなたほど、事細かに気が付く人はいない」「みんなで感謝しているよ」などと言ってもらい、本当にうれしかったです。 

夫とも、「今、仕合せだね」とよく話しています。たくさん苦労を重ねて、ここまで心を引き上げていただいた私たち。子や孫を見ていると、「今の私たち」くらいから、人生の仕合せ度がスタートしているように感じます。代を重ねるほど家系が栄える。教会で教わっているとおりです。自分の歩んできた人生を年輪と捉えて、一つ一つ生かしていきたいです。人の心を傷つけないように、道を守れる自分をいつも意識して、心を磨き続けます。 

「教え」を学び 「心」に生かす
 そこに 皆の心(人生)は
  神の手の中包まれて
    「人たる人の心」に生きられる
 出会いを生かし
  互いに「運命」を重ね
     「実体」は大きく修正される
――「教え」を学び
    調和を貴(たっと)び
      我が任 立場をわきまえ
   家族 縁者 人との出会いを
          大切に生きる――

『真実の光・神示 平成31年・令和元年版』146ページ(中略あり)