亡き父は熱心な信者で、私も幼い頃は教会が大好きでした。しかし、次第に子供心には寂しさが募っていきました。「お父さんは教会ばかり」。反発するように私の足は神の館から遠ざかり、結婚して子育てに追われるようになると、全く出入りしなくなりました。父が他界した後は、「祈願してもしなくても変わらないから」と思い、心を決めて離籍の手続きを取りに行ったのです。
どんどん積もっていく不安
ところが、職員に「お父さんのことをよく知っていますよ」と声を掛けられ、素直にうれしく、「信者を辞めたい」と言い出せないまま帰ってきてしまいました。それから半年ほどたった頃、大学受験を控えた次男に異変が起きました。コロナ禍で友人とも会えずに、部屋にこもって毎日勉強。そのストレスで受験うつになったのです。
泣き腫らした目。けいれんする顔と腕。ベッドから起き上がれず、頭痛と嘔吐(おうと)に苦しみながら、「体より心の方がつらい」と言う姿に胸が締め付けられました。本来は鼻歌を歌うような明るい子です。このまま引きこもりになったら。卒業できなかったら…と不安が積もっていきました。
祈願だけしても駄目と気付いて
「勝手だけど助けてほしい」申し訳なさを抱えつつ、神の館に駆け込んだ日。教務相談で、「お母さま自身が揺らがない心でお子さんを支えられるように、祈願で神に心を守っていただきましょう」と、力強く励ましてもらいました。
祈願だけすればいいのではなく、自分が神の教えで生き方を改めなければ、何も変わらないことも知りました。長らく学んでいなかった私には、公式サイトが分かりやすく、隅から隅まで読みました。特に「喜びの声」。「もし私だったら」と置き換えてみると、「自分にはない捉え方」を次々発見できるのです。心に響いた所をメモに落としていたら、自分だけの教科書が出来上がっていました。
求めれば必ず応えてくださる神
子供のことは夫婦で関わる…というのも、神の教えで知ったことです。夫と「今はゆっくり休ませてやろう」と話し合い、次男の部屋に行っては背中をさすり、「元気になったら、その時できることをやればいいよ」と励ましていきました。私の心に不安はなく、自信を持ってそう言えたのです。
そこからの次男の回復は、目を見張るものがありました。ベッドから起き上がり、会話ができ、笑うようになり、いつもの鼻歌まで…。2カ月もたたないうちに、元気な状態に戻っていたのです。春から大学生になり、毎日楽しそうに通っています。
あの時、苦しいままに必死に訴えた私の心を、神はちゃんと受け取ってくださいました。それだけでなく、何十年も胸の内に秘めてきた父への反発心が消え、感謝に変わっているのです。「神は根こそぎ救う」と聞きましたが、その愛の偉大さを感じずにはいられません。亡き父が大好きだった神の館。かつて父が手を合わせていたように、私も安間(あんみょう)の間(ま)で「これからは神の教えで心正しく生きていくから安心してね」と、父の魂に報告できました。
我も 我が子も 心の道に生きる定め(宿命)にあるもの
夫婦仲良く 心支え 重ねて 人生歩めば
我が子の運命 「真実の愛」に包まれて 立派に育つ
――仕合せの基は 和のある家庭―― 人生の真実に気付いて
心迷わず 我が「運命」に導かれて 我が子の「人生」 歩みが始まる
我も 我が子も
心の道に生きる
定め(宿命)にあるもの
夫婦仲良く
心支え 重ねて 人生歩めば
我が子の運命
「真実の愛」に包まれて
立派に育つ
――仕合せの基は 和のある家庭――
人生の真実に気付いて
心迷わず
我が「運命」に導かれて
我が子の「人生」
歩みが始まる
『真実の光・神示 平成22年版』22ページ(中略あり)