91歳にして、これほどまでに母になれた喜びを味わえる日が来るとは、夢にも思いませんでした。
一人娘と過ごす宝の時間
16年前に夫を見送り、知的障害のある一人娘は、グループホームにいます。コロナ禍でなかなか会えませんでしたが、このたび、休暇を取って帰ってきてくれました。一目散に神棚に向かい、ご挨拶する娘。私が「二人で外食しますか?」と聞くと、「いいえ。お母さんのご飯を食べたい!」と言うので、腕を振るって作りました。娘の好きな具入りのおみそ汁、野菜の煮物、生野菜サラダ…。「いただきまーす」とおいしそうに食べてくれ、完食のお皿が並んでいきます。母としてうれしい限りです。
娘は言いました。「お母さんは煮物がおいしいです。お父さんはお雑煮を作ってくれましたね」。亡き夫との思い出話に花が咲き、おしゃべりしながらお風呂に入り、いつもよりぐっすり眠れました。
偉光郷での神玉祭にも、一緒に参列できました。私が、夫への思いを届けている隣で、娘も「お父さん、私は元気でやっています。神様の教えを守って、みんなと仲良くします」と手を合わせています。夫の魂がどれほど安心しているだろう…と思うと、胸がいっぱいになりました。
悔いを残さない人生へ!
思えば、娘を生んだ頃は、母になれた喜びよりも、先を案じ、一緒に命を絶つことばかり考えていました。そんな私の心を神が守ってくださいました。ありのままの思いを神に訴え、見えてきた娘の純粋さ、優しさ。思うように話せなくても、できないことがたくさんあっても、この子なりの良さがある…。その感謝が膨らんでいったのです。
娘は、人の心をとても大切にします。ホームでの食後は、「ごちそうさま」だけでなく、「とてもおいしかったです!」と必ずひと言添えるそうです。仲間が思うように作業ができないと、「一緒にやってみよう」と励ましているとも聞きました。皆さんから、「その優しさにこちらが元気をもらう」と言っていただき、自慢の娘です。
我が家での時間を堪能した娘は、「お母さん、お世話になりました!」と、元気にホームに帰っていきました。今年は、私が心不全と肝硬変で、2カ月半の入院生活を余儀なくされましたが、命を守られたからこそ、頂けた親子の時間。91歳になっても、母として奮闘できることが仕合せです。生きる希望が枯れない奇跡を頂き、ただただ感謝の日々…。悔いを残さない人生に向けて、神の教えで心を磨き上げていきたいと意欲に燃えております。
神示で確認 「喜び」の仕組み
「家庭」――人が悔いなき人生を歩みきるため 欠くことならぬ環境
「教え」が家族の心を一つに重ね 支え 補い合って「生きる」心(愛情)を強くする
「真実の愛」に生きて 人間は 天命を全うできるのである
『真実の光・神示 令和2年版』15ページ(中略あり)
神示で確認 「喜び」の仕組み
「家庭」――
人が悔いなき人生を歩みきるため
欠くことならぬ環境
「教え」が家族の心を一つに
重ね 支え 補い合って
「生きる」心(愛情)を強くする
「真実の愛」に生きて
人間は 天命を全うできるのである
『真実の光・神示 令和2年版』15ページ(中略あり)