心の課題に気付いて修正!
「大嫌い」を乗り越える
(東京都RT/60代女性/パート)

人と話すのが好きな私にとって、霊園の管理人の仕事は、適職でした。ところが、新しく常勤の男性が入ってきたことで、楽しい毎日が一変。挨拶も返さないし、人を見下すような目で見るのです。その方とペアで法事の受け付けなどをしなければならず、嫌で嫌でたまりませんでした。

自分の生き方を見詰めてみると

悩む理由は分かっていました。私は、「何で挨拶しないの?」「こうするべきでしょ」と、「人に求める心」が強過ぎるのです。思えば、正しいと思うことを行動に移すほど、どこへ行っても人間関係で悩み、体調を崩すこともあった私の人生。くじけないで乗り越えてこられたのは、神の教えという、もっと正しい物差しを見つけることができたからです。

また出てしまったこの悩み。自分の生き方の低さを感じながらも、神の教えで乗り越えられる確信もありました。学びを重ねると、新たな発見が…。「私の方が先輩なのに!」というプライドが潜んでいたのです。見下していたのは、私。パートの自分は、あくまで男性を補佐するのが役目。やるべきことがシンプルに見えてきました。

求めるのではなく、補う心で

これまで黙ってサッと済ませていた仕事こそ、声を掛けようと思いました。法事の準備一つも、「花を生けて大丈夫ですか?」などと、小まめに伝えたのです。「これをやるから、ちょっと待って」と返ってきたりして、男性にもタイミングがあることがつかめてきました。求める心を増強させていた原因は、「会話不足」だったのです。

その方の持ち味も、見えてきました。墓誌の彫刻の図面を、少しのずれもなく仕上げます。細かい作業が苦手な私にはとてもできないことで、支えてもらっています。

縁があったと感じる職場に

男性は、納骨などの知識はまだ少なく、お客さまとの打合せでは、少しぶっきらぼうな言い方をすることもあります。いつも「何でそんなふうに言うの」とイライラしていましたが、私がそっと説明を付け加えれば、何でもないことでした。男性から、「いてくれて助かった」と言われることもあり、お役に立てることがうれしいです。

ある雨の日。私が「雨々ふれふれ、もっとふれ~」と歌うと、「古い歌だね」と笑ってくれました。そんなやりとりの中で、はたと気付きました。「私の求める心、取れてる!」。ニコニコ挨拶してくれるし、あれほど嫌でたまらなかった男性の目つきにも、優しささえ感じるのです。お客さまには、「皆さん、仲がいいですね」と言われ、住職にも「ずっといてもらうよ」と声を掛けていただきました。

それでも、時折「こうしてくれてもいいのに…」と、求める心が顔を出します。ひょこん、ひょこんと出てくる私の欠点。でも、神の教えと祈願があるから、そこに気付いて、抑えられます。まるでモグラたたきのようです。今回もまた一つ、「乗り越えた喜び」を味わえました。心が前進している手応えを感じています。

神示で確認 「喜び」の仕組み

「教え」を学ぶほど 「心(人生)」を磨く思いが深まってゆく
 愛心 愛語に「心」染め抜かれ 多くの出会いが生きる
 命ある今 「教え」を学び 「心」を磨くほど 人は皆 「生きる」喜びを味わえる

『真実の光・神示 平成31年・令和元年版』37ページ

神示で確認 「喜び」の仕組み

「教え」を学ぶほど
    「心(人生)」を磨く思いが
      深まってゆく
 愛心 愛語に「心」染め抜かれ
    多くの出会いが生きる
 命ある今 「教え」を学び
    「心」を磨くほど 人は皆
      「生きる」喜びを味わえる

『真実の光・神示 平成31年・令和元年版』37ページ

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