No. 614

「自己愛」が強かった私
園児と関わる心を見詰めて
(福井県TM/20代女性/保育士)

昔から子供が大好きで、念願かなって4月から保育士として働き始めました。早速、3歳児クラスの担任になったものの、全然うまくまとめられません。「集まれー!」と言っても、その辺に寝っ転がる子、どこかに行く子…と、てんでんばらばら。理想と現実のギャップに打ちのめされました。

見詰める的がズレていた!

ちょうどその頃、友輝会で「愛」について学びました。自分を大切に思う「自己愛」はみんなが持っているもの。でも、相手を思いやる「他者愛」は、もともと備わっていないので、自分で育むのが大切なこと。そう聞いた時、「これだ!」と思いました。私の心は、「懐いてくれないのは子供のせい。私は悪くない」と、自分をかばう「自己愛」で埋め尽くされていたのです。神が、「子供のせいじゃない。自分をよく振り返ってみて」と教えてくださったんだ…と感じました。

「子供だから、言っても分からない」ではなく、「子供だから、どう分かりやすく伝えるか」。それが「他者愛」だと思いました。ある日の折り紙の時間。いつもは「こう折って、貼り付けて…」と、スムーズにできるように説明していましたが、寸劇をしながら、物語風に話してみました。すると、いつも途中でどこかに行ってしまう子が、じっと座って聞いてくれたのです。

何かと「イヤイヤ」と大泣きする子。特にお片付けができません。ある日、ふと見ると 、 お道具箱にしまうクレヨンを、リュックにバーッと入れているのです。「ちゃんと片付けなきゃ駄目」と注意するのは簡単ですが、一呼吸置いて、違う言い方で伝えてみました。「○○ちゃん、リュックはクレヨンさんのお家じゃないから、かわいそうだよ。クレヨンさんの気持ちを考えてみて」。その時は「イヤイヤ」と大泣きしていましたが、時間を置いて見に行くと、クレヨンがお道具箱の中に入っていました。感動で胸がいっぱいになり、たくさん褒めました。

その子の「良さ」を見つけたい

相手が子供…というのは関係ありませんでした。子供であっても、愛の心で関わっていけば、ちゃんと受け取って、しかも応えてくれるのです。ばらばらだったクラスも徐々にまとまってきて、少しは信頼してくれているのかな…と思うとうれしいです。

とはいえ、まだ一年目。うまくいくことばかりではありません。行き詰まったときは、「私のどこがいけなかったかな」と、自分の心を振り返っています。気付いたことを祈願すると、気持ちがスッキリして、次の日からまた頑張れます。

神は、一人一人に良さがあると教えてくださいます。だから、「この子は良い子」「この子は落ち着きがない子」と比べず、みんなに愛の心で関わって、その子、その子の良さをいっぱい見つけたいです。

神示で確認 「喜び」の仕組み

日々「心」迷わず 今なすべきことに思いを向けて 生活する人を目指す
 その心を引き出す源には 「愛」がある
「教え」を学び 「真理」に生きる努力をする
 「真実の愛」が芽吹き始め ますます互いの思いが重なり 理解が深まる
愛心が 人 物との出会いをつくり 互いの信頼が 期待の心を深めてゆく

『真実の光・神示 令和2年版』127ページ(中略あり)

神示で確認 「喜び」の仕組み

日々「心」迷わず
  今なすべきことに思いを向けて
    生活する人を目指す
 その心を引き出す源には
    「愛」がある
「教え」を学び
    「真理」に生きる努力をする
 「真実の愛」が芽吹き始め
    ますます互いの思いが重なり
      理解が深まる
愛心が 人 物との出会いをつくり
  互いの信頼が
    期待の心を深めてゆく

『真実の光・神示 令和2年版』127ページ(中略あり)