No. 1376

腰の痛みをきっかけに
妻としての生き方を発見
(北海道YI/60代女性/主婦)

起きるにも、座るにも、寝ていても走る腰の痛み。普通の生活ができなくなって半年がたち、「どうして…」の思いが募る一方でした。

20年ほど前、二世帯住宅を建て、私たち夫婦の下に、母と兄が住みました。母が他界するまで2年介護し、その途中、夫の勤務先が倒産。再就職先で人間関係に悩み、一時は置物のように口を閉ざしていた夫でしたが、最後まで勤め上げてくれました。

とんだ思い違いに気付いて

「これからが二人の時間、何でも話せる夫婦になりたい」と努力していた矢先、夫の口からぽつり。「俺はずっとマスオさんの気持ちだった」思いも寄らない言葉に衝撃を受けました。母や兄との関係も悪くなく、安心していたのに…。ずっと寂しかったなんて、とんだ思い違いでした。

振り返ってみたのです。「何があってもお父さんの味方だから」と言いつつ、夫の具合が悪いときも介護に追われ、「私だってつらいのに…」と親身になれませんでした。母をみとった後は、一人暮らしの兄の世話を焼いていた私。自分の家にいながら、妻の心は他に向き、夫としての居場所もなく、どれほど肩身が狭かったことか。申し訳ない思いでした。

心を向ける方向が分かった

「このままでは駄目!」そう奮起し、教会図書などを真剣に読み進める中、心にピタッと響いた言葉がありました。「相手に本気で向き合えないのは、興味がないのと同じ」。思えば、短気な夫が怒るのが怖くて、いつしか思いを心の中にしまう癖がついていた私…。尽くしているようでいても、形の上だけ。気付いたら、会話も少なくなっていたのです。「これからは、夫の心を大切にして、今まで寂しかった心を温かく包んであげよう。信頼される妻になろう」

祈願しながら意識すると、不思議です。「こうするといいかも!」と浮かぶのです。夫が出掛けるとき、そばに寄り、「行ってらっしゃい」に加え、気持ちを乗せて「気を付けてね」。疲れていそうなときは、「運動もほどほどにね」だけでなく、「お父さんの体が一番大事!」といたわって。

日々仕合せを感じる瞬間が

そうするうち、今までと違うことが起きてきました。食事中、痛くて座っていられずに立とうとして、「ごめんね、腰が…」と言うと、「おー、大変そうだな」と返してくれたのです。痛いけれど、ちょっぴり仕合せでした。返事がないのは寂しいと伝えてからは、「そうだよな」「分かったよ」と必ず言ってくれます。私が一人で遠出するときは、車を点検してくれたり、車の乗り降りを待っていてくれたり。どれも夫の愛を感じる、うれしい瞬間です。

お正月に懐メロ番組を見ながら、「あの時こうだったな」と、今までにないほど話し掛けてきた夫にびっくり。ある日は、外出先から「忘れ物をした」と連絡があり、「すぐ持っていくから。気付かなくてごめんね」と言ったら、「いいんだ、俺が悪いんだから」との返事。初めて聞く言葉でした。

ふと気付くと、あれほど苦しかった腰痛が回復しているのも不思議です。つらい痛みをきっかけに、心機一転して味わえたのは、日常の何げない仕合せの数々。「痛みが取れないのはどうして…」の答えは、仕合せの基は和のある家庭の真理どおり、家族との関わり方にありました。今の私の夢と目標は、夫婦で仕合せを共にできるように、夫に心から愛をかけられる妻になることです。

家族で「教え」を学び 「和のある家庭」の姿を知って
    「真理」で互いに声掛け 関わる家庭を築く努力(こころ)がほしい
 この思いは 「開運」かなえる極意
家庭には 家人それぞれに 任と立場がある
 その真理を知って関わるなれば 「仏の道」が通り 病気を引き込まない

家族で「教え」を学び
 「和のある家庭」の姿を知って
  「真理」で互いに声掛け
      関わる家庭を築く
       努力(こころ)がほしい
 この思いは 「開運」かなえる極意
家庭には
   家人それぞれに 任と立場がある
 その真理を知って関わるなれば
   「仏の道」が通り
         病気を引き込まない

令和5年4月23日 信者心の基勉強会 家庭編(中略あり)