(大阪府CO/50代女性/介護職員)
「私の話を聞かれんだったら、後で痛い目に遭うよ」。その言葉どおり、母の言うことを聞かなければ、私は完全に無視されました。否定や文句が多く、自己中心的な母。幼い頃から抱え続けた葛藤は、成長とともに激しい反発へ。けれど、結局は言いなりになってしまうのです。そんな自分は、「自分」でないようでつらかった…。私たちの不仲を、亡き父や兄は随分心配してくれました。自信が持てないのも、対人関係で行き詰まるのも、仕事がうまくいかないのも、全て母のせい。反発心から、偉光会館へも足が遠のいたままでした。
『友輪』からつかんだ気付き
それでも、母が持ってくる『友輪』だけは、何度も何度も読みました。本心では、神を求めていたからです。そうしたある時、ふと気持ちが動きました。母を憎み続けるということは、心を過去に縛るのと同じ。私は、自分で自分を苦しめてきたのでは…と。「変わりたい」。熱い思いが湧いてきて、自然と偉光会館に足が向きました。そして、仕合せを求めながら、神に感情をぶつけ、愚痴をこぼすばかりだった自分に気付いたのです。何てもったいないことをしてきたのか。胸を突かれる思いでした。
感じ方、考え方の変化を求めて
そこからは、まず祈願が変化。すぐカッとなる性格を直したいと、本気で願い始めました。例えるなら、グリグリに曲がった針金を、元に戻そうとするような日々。もう無理だ、変われない。何度思ったか知れません。けれど、偉光会館に行けば、必ず気持ちが前を向きました。苦しいのは、母の言葉一つ一つに反応しているから。もっと、おおらかな心で生きていきたい。自分を見詰め、神に思いを語るほど、気持ちが解放されていったのです。偉光郷に母を誘い、これまでの思いを打ち明けたのも、この頃です。どこまで伝わったのか…。けれど、向き合う私の気持ちは穏やかで、確かな前進を感じました。
とっても仕合せと言える毎日を
神は、確かに心を守ってくださいました。気付いたら、母の言動に揺さぶられなくなったのです。怒れなくなったという方が正しいでしょうか。「またそんなこと言って…。変わらへんなあ」「始まったわあ」と、つい笑ってしまいます。母も一緒に笑うので、家の中に笑いが絶えなくなりました。自然と、仕事もうまくいくように。心の変化に伴って、人間関係がスムーズになり、仕事に行くのが楽しいです。少し前には、私を慕い、「一緒に働きたい」と言ってくださる方まで現れて、まさに奇跡のような毎日を過ごしています。
母との関わりを振り返って思います。世間では、「毒親」「親ガチャ」という言葉を耳にしますが、その言葉で苦しむのは自分自身。親を否定するということは、先祖からつながる心の道を歩む、「自分」を否定するのと同じだからです。今、母は87歳。ここまで私を待ち続けてくれたことに、感謝しかありません。
神示「真理」を学び
「真理」で正しく関わる家庭を築く
これがかなうほど
家族の実体は修正されて
「心の道」を太くする
「真理」に生きる家庭に
人間の実体(こころ)は磨かれ
「正道」をゆく存在(ひと)と
成って行く
ますます 運命の力が引き出され
多くの出会いに支えられる人生が
始まる
(令和5年7月23日)
※実体;親、先祖から受け継ぐ、気質、体質、性格。また、成長過程で身に付けていく、物の見方や感じ方のこと。実体には、良いものと悪いものとがあります。悪い実体を修正するほど、自分の良さが光り、喜び多い人生を歩めます。詳しくは、『生命の歩み』127ページで確認しましょう。
※心の道;先祖から子孫へと魂がつながる道のこと。どのような心で、どのような人生を送ったかが、子孫に受け継がれます。人の魂は、繰り返し同じ家系の「心の道」に生まれ変わり、次の代へとつながっていきます。この「心の道」が途切れることなく、太く続いていく姿が、真実の幸福です。詳しくは、『生命の歩み』384ページで確認しましょう。
