No. 1948

大輪の花を咲かせた人生
母の姿から目指す生き方を

(福井県HY/50代女性/言語聴覚士) 

母にGISTという希少がんが見つかって、23年。つらいときも、治療を受けられる感謝を忘れず、縁のあった方々に神のご存在を語り抜いた、75歳の生涯でした。明るく、朗らかに、全力で生きた母は、本当にかっこよかったです。 

笑顔で「本当に仕合せ」と

ことしの初め、母は急性リンパ腫を発症し、春に余命宣告を受けました。しかし、不思議と、病気にまつわる部分だけ記憶が曖昧に。旅立つまでの3カ月を、恐怖ではなく、前向きな心で過ごしていたのです。「皆さんに神の実在を知ってほしい」。その思いで頑張り続けた心を、神が守ってくださったのだと思います。父は、「自宅で過ごしたい」という母の願いをかなえました。不慣れな台所に立ち、毎日頑張ってほうれん草のおみそ汁を作り、それを口にする母は、「あ~おいしい」と満面の笑み。そうした日々は、けんかの多かった両親が、私たちに“本当の夫婦の姿”を見せてくれた時間でもありました。 

家族の心の軸となった真理

父と、私たち家族と、弟家族。誰もがみんな、母のために一生懸命でした。それぞれに思いがある中で、心一つになれたのは、全員の心の軸に真理があったからです。家族みんなで声を掛け合い、支え合い、気持ちを重ねていくことで、母の心が安らぐ。生きる力である、「運命」が引き出されていく。カッとしそうなとき、自分の思いを押し通しそうになったとき、いつもここに立ち返り、心を立て直すことができました。 

そんな私を、夫は支えてくれました。仕事終わり、休日…と、連日隣県の実家に通う気持ちを、誰よりも分かってくれていたと思います。私が疲れて感情的になってしまった時、「何だって協力するけど、できないこともあるよ」と冷静に言われて、ハッとしました。お互いを思いやる気持ちを忘れずに、何でも夫と話し合っていく。夫婦の絆が深くなるほど、父や弟家族とも、より良い関わりができました。今となっては、母はそのために頑張ってくれたのではないかと思うほど、家族が一つになっていったのです。 

神と生きれば悔いのない人生が

玉納奉寿(葬儀)は、母が願っていた石川小松偉光会館で行うことに。実は父は、教会に肯定的ではありませんでした。それが、家に弔問に来てくれた方々に、「こういう神様がいらっしゃるんだ」「お母さんが機会をつくってくれたから」「ぜひ、自分の目で教会を見てほしい」と、繰り返し、繰り返し、神の話をしているのです。その姿は母と重なって、思わず胸がいっぱいに。納魂の儀(通夜)と玉納奉寿には、本当に大勢の、350名ほどの方々が駆け付けてくださいました。「ありがとう、ありがとう」という声の中で旅立った母。神と生きれば、何があっても、人生に大輪の花を咲かせられること。「生まれてきて良かった」と思える終日を、必ず手にできること。それを、身をもって私たちに示してくれました。 

送って3カ月たつ今も、私は、「お母さんのおかげで」「お母さんがいてくれたから…」と声を掛けていただきます。人は、これほどまでに、人の心にその生きざまを残せるのか…と涙がこぼれます。母に恥じないよう、家族みんなで、明るく、力強く生きていく。それが私の目標です。 

家族で「教え」を学び
    「真理」で関わる家庭を
          築く時代(とき)
 この努力(こころ)が
  家族の生命(いのち)を守り
      悔いなき人生へと
           家族の心を導く
子々孫々と栄える家庭の姿を
            思ってごらん
 真実の愛で 家族の心がつながり
    信頼し合って
       「生きる」家族が見える

(令和8年10月23日)