(静岡県FN/60代女性/事務職)
夫婦で幾度となく訪れている、静岡焼津偉光会館。昨年、新たな館を授かり、環境を大きく引き上げていただきました。その中で、私自身も「心」に成長を感じています。家族や人との関わりにおいて、「以前だったら、こうはできなかったな」と思う場面が増えたのです。
相手の思いを感じて「会話」を
かつての私は、「その考え方はおかしい」「この人とは関わりたくない」と感じた相手とは、すぐに距離を取っていました。自分の中に、「付き合う人と、そうでない人」の明確な線引きがあったのです。職場の人間関係でくさくさすると、帰宅後は黙々と書道に励みました。もちろん、家族と過ごす時間も大切でしたが、私にとっては、一人で書に向き合う時間が、最も気持ちが落ち着くものでした。
けれど、重ねて教えを学んでいくと、徐々に相手の「思い」に目が向くように。受け止めにくい話も、「どんな気持ちで言ったんだろう」と考えることが増えました。そして、半年ほど前。夫婦で話をしていると、夫がポロッと漏らしました。「きついこと言うよね…」と。これまでなら、「何言ってるのよ」と言い返して終わりです。でもこの時、心に浮かんだのは、「あ、いっけない!」という思いでした。考えてみれば、他の人には配慮していても、夫に対しては、感情のままに話していた私。どんな気持ちでいたか…と反省でした。
もともと夫は口数の少ない人です。持病で体がしんどいときも、あまり自分からは話しません。そこに甘えてしまわずに、体調について尋ねたり、「お父さん、どう思う?」と声を掛けたり。そんなある時、夫の背中に薬を塗っていると、「これがいいんだわ」とぽつり。「自分で塗るより効く気がする」。そうした言葉は初めてで、心に温かく染み入りました。夫との会話が深まるほど、不思議と、独立した子供たちとのやりとりも増えたのです。
縁のあった相手と思えるように
人との関わりにも、さらに変化が。小さな子供や、反応の素っ気ない人など、かつてはためらった相手にも、自ら声を掛けられます。気が付くと、「付き合う人、そうでない人」という線引きは消えていました。せっかく出会えたのだから、相手と「心」で触れ合いたい。自然と湧いてくる思いが心地よく、自分でもうれしいです。
自己愛だけで生きてきた私が、少しずつ他者愛を育み出している。そう感じられる日々はありがたく、仕合せです。この歩みを決して止めることなく、やがては、大切な子供たちに良い生き方を残せるように…。それを、心から願っています。
神示「真理」に
「人生の真理」を学び
「実体」を修正することから始める
自然と気持ちは安定し
人々(ひと)との出会いを生かす
心が芽吹く
この時
奉仕に生きる思いが引き出され
「運命」に導かれた人生が
始まっている
家族の会話は 広がり 深まり
家族の心は生き生きしている
人間は 多くの出会いを重ね
生かすことで
人生を高めて行く存在(もの)
(令和5年12月23日〈中略あり〉)

