(京都府MK/70代女性/主婦)
結婚当初から、夫は転職を繰り返し、私は子育てをしながら内職する日々。何とかやりくりしていたものの、仕事が続かない夫には頼れない。その分、私が家計を支えなければ…と働き通し。最初は前向きだった心も、生活に追われるうちに疲弊していきました。
家族をおろそかにしたせいで…
「お金の苦労ばっかり。生きていて良かったと思える人生を送りたい」。そんな心が芽生えた頃、近所に住む障害者との出会いが。何かとお世話するうち、やりがいを感じるようになりました。感謝され、必要とされる喜び。私の心は家族から離れ、「そこまでしなくても…」という夫や子供たちの助言も聞かずに20年。その方が行政の支援を受けることになった時には、もう我が家に私の居場所はなくなっていたのです。
子供たちは独立し、家には夫と二人きり。会話などほとんどない…。夫婦の間にあった隙間は深い亀裂になっていました。これが、家族に目を向けてこなかった結果。何とも寂しく、つらい状況を前に、教務相談に駆け込みました。「家庭は、自分や家族の人生を守る大切な環境」「夫婦の心の重なりが仕合せの土台」。職員の言葉がズシンと心に響きました。自分の生き方のズレにようやく気付いたのです。二人の年齢を考えると、夫婦で人生をやり直すための時間はギリギリ。でも、今ならまだ間に合う。どこまでも仕合せを願ってくださる神の深い愛に泣けました。
夫の喜ぶことを考え、関わって
まずは夫を理解しよう。関わろう。そこから始めました。食事一つも、「きょうは何を食べたいだろう。夫が喜ぶ物は…」と常に考え、尋ねていきました。そうして心を込めて料理し、一緒にいただく。当たり前の日常が、心にじんわり染みました。さらに、「田んぼの草刈り、ありがとう」「大変だったやろ」「無理せんといてな」。夫への感謝や案ずる気持ちを伝えていくと、少しずつ会話も増えていったのです。
しばらくして迎えた結婚記念日。今年はちゃんとお祝いしたいと考え、二人ですき焼き鍋を囲みました。「お母さん、ようけ食べたらええ」「お父さんこそ」。互いを思いやる温かなやりとり。夫の愛に胸がいっぱいになりました。思えば、夫は天下一品の優しい人。そこから目をそらし、心に不満を抱えていたことを、いまさらながら反省しました。
夫婦の重なりが、子供にも影響
夫婦の心が通い始めたら、子供たちも変化。孫を通してしか話のできなかった息子が、「お父さんにも、お母さんにも、元気にゆったり暮らしてもらわんと」と、初めて私たちを思う気持ちを話してくれました。しかも、夫の誕生日には、海鮮丼をごちそうしてくれたのです。「お父さんには一番ええのを」。その心遣いに、普段なら遠慮する夫も、本当にうれしそうでした。
振り返ってみると、私が育った家では、祖父母と両親が、しょっちゅう悪口を言い合っていました。そんな家にはしたくない。夫を悪く言いたくない。だから、家の外に居場所を求めたのだと思います。夫は夫で、2歳で実母を亡くし、私と同じように寂しさを抱えていたはず…。二人とも何より求めていた「温かい家庭」。それを今、手にすることができました。この環境をますます心安らぐものにし、家族みんなの居場所となるように…。そのために、夫婦二人で仲良く歩んでいきます。



「真理」に
人生の支え 気付きを得て
家族と正しく関わるなれば
人は必ず 人生の夢
「生きる」意味(価値)が
見えてくる
夫婦の心は一つに重なり
家族の心は一つにまとまり
「心の道」に良き因を残してゆく
『真実の光・神示 令和4年版』33ページ


