(大分県MT/70代女性/主婦)
十数年前、酔って転倒し、脳挫傷を負った夫。糖尿病もあり、足腰が弱って、やがて要介護となりました。もともと短気でプライドが高く、私の言うことなど聞こうとしなかった夫の介護は、苦痛でしかありません。しかも、わざと私を困らせることまでするのです。「やらなきゃ…」という義務感だけの、とてもつらい毎日でした。
するべきことが見えたら…
「どうして、こんな人生なの?」苦しくなるたび、神に救いを求め、何に気付いたらいいのか、必死の思いで神の教えを学びました。そうしたある日、ふと目に留まった神示があります。「心焦らず 今なすべきことを 一つ一つ実践する」(『真実の光・神示 平成26年版』26ページ)。ハッとした瞬間でした。「私が今やるべきなのは、夫と向き合っていくことだ!」と。
「好き勝手して…」と、ずっと流せなかった夫への思い。しかし、私だって、心に不満をため続け、イラッとしたり、責める思いがムクムクしたり。口には出さなくても、夫にとって居心地がいいはずがありませんでした。夫婦で気持ちよく過ごせる家庭にしたい…。ふと、そんな感情が芽生えたのです。さらに、「介助をされる方もつらいだろうな」と初めて夫を思いやれて、自分でも本当に不思議でした。
ガラリと変化した関わり方
嫌々でなく、夫の心が元気になれば…。関わる私の気持ちが変わったら、何と夫から「ありがとう」の言葉が。私の体調まで心配してくれた時は、涙が出そうでした。気付かなかった優しさに触れ、私も夫への感謝が込み上げてきたのです。“愛は愛を呼ぶ”という教えのとおりでした。
そこからは、お互いがどんどん変わっていきました。食事の準備も、偏食の夫のために、心を込めて。お風呂に入るときも、飲みにくい薬を飲むときも、明るく声を掛けたり、励ましたり。精いっぱい寄り添っていきました。
そうしたら、夫が私を頼ってくるのです。以前は、分からないことがあっても、私に尋ねるなんて絶対にありませんでした。それが、「あれは何?」「どうしてこうなったの?」と聞いてきます。ごく普通の夫婦の会話…。でも、それができることに、心からの仕合せを感じました。気付いたら、何度も離婚を考えるほどギスギスしていた心が、すっかりなくなっていたのです。
夢のような夫のひと言
眠りに就く前、夫が「きょうも一日ありがとう」と声を掛けてくれます。そのひと言で、全てが報われた気持ちになります。少し前まで、「いつ逝っても構わない」と言っていた夫が、最近は「長生きしたいな。お前がいればきっと大丈夫」。こんな言葉が聞けるなんて、奇跡です。
もう、介護のつらさを感じることはありません。夫が掛け替えのない存在と気付くことができて、本当に良かった…と心底思います。縁があって夫婦になった夫を、ますます大切に…。二人で仲良く暮らす姿を、愛する子や孫に見せられるように、もっと自分の心を磨いていきます。



愛と信頼と期待で
互いに思いを語り合う
家庭をつくる努力が必要
人間は 「真理」に悟りを得たとき
自然と家族を愛し
感謝の思いを深めるもの(存在)
「真理」が家族の心を一つに重ね
「真実の愛」を身に付け
生きる人を育む
『真実の光・神示 令和2年版』48ページ


