No. 1607

自分の生き方を見直して
互いを思いやれる夫婦に

(東京都HM/70代女性/主婦) 

「夫婦で『友輪』を読み合わせているんだ」。ある時、耳にした地域の仲間の声。あまりに楽しそうなので、「私たちもやってみない?」と夫を誘いました。二つ返事で乗ってくれ、毎晩、二人で教会図書を読み始めたのです。 

二人で学んで大きな気付きが

今年、緑内障と診断された夫は、「見えていることがありがたい」と言い、心を込めて本を読んでくれます。その声を聞いていると、一人で学んでいる時より心に響いてくるから不思議です。「感謝が足らなかったな」「人の気持ちを感じ取ろうとしていただろうか」。自分の生き方が思い返され、いろいろな気付きがありました。 

夫への関わり方も見直せました。夫は優しくて、とても良い人。なのに、ごくまれに感情的になります。私はそれを、義父も義兄もそうだから…と家系のせいにしていたのです。でも、よく考えたら、私の言動に原因があったのでは…と思い至りました。 

改めるべきは「自分の心」

私は、自分本位なところがあります。例えば、食後の食器洗い。きちょうめんな夫は、すぐに済ませてほしいタイプです。それが分かっているにもかかわらず、「寝るまでに洗えばいいでしょ」と考えている私。一見ささいなことですが、小さな擦れ違いから蓄積された思いが爆発していたのかもしれません。 

それに、我を張ってしまう半面、私は変なところで遠慮がち。「こうしよう」と言われると、「もめたくないから」「私が我慢して丸く収まるなら」と、自分の考えをのみ込んでしまうのです。といっても、不満の心は、夫に伝わっていたはず…。こういう自分の「心」こそ、改めなければいけないと気付いたのです。 

夫との会話が変わって

気持ちが切り替わると、「仕事で何かあった?」「疲れているのかな」と、夫の心に目が向くように。夫がいら立っていると感じても、「時間がたてば直るでしょ」と、我関せずだった私の「心」が変わりました。夫の顔色をうかがっているのではありません。自然と思いやれるのです。「こうしよう」と言われたときも、不服そうな雰囲気で黙っているより、「これをやってからでもいい?」「私はこうしたいな」。夫ともっと分かり合いたくて、素直に伝えられるようになりました。 

無理やり合わせるのとは違う、相手を思いやるのは、とっても気持ちがいいもの。夫婦で本音を語り合えることは本当に大切と、いまさらながらにつかめました。

夫も、「こうしようと思うけど…」「忙しければ後でいいよ」と気遣ってくれる言動が増えました。何かにつけて、「おいしかったよ」「ありがとう」「助かった」という言葉も。もう感情的になることもありません。朝、「行ってらっしゃい」「行ってきます」と手を振り合うだけで、気持ちがあったかくなります。 

神の深い愛を実感

自分の「心」を見直したら、前にも増して毎日が仕合せ。夫の緑内障はもちろん気掛かりですが、娘たちも支えてくれてありがたいです。思えば、人との関わりが薄かった私が、ここまで家族と心を交わせるようになるなんて…。若い頃から、神の教えを学び続けてきて本当に良かった。真心を寄せれば必ず応えてくださる、神の愛を実感しています。

「教え」を学び 「教え」に生きるほど
  人の心は安定し
   「道」欠く心の動きは消えてゆく
 家族への愛はますます深まり
         感謝心が家庭を包む
 「運命」の力を引き出し
    奉仕に生きる心(実体)が
             育ってゆく

『真実の光・神示 平成29年版』112ページ