No. 1454

「なぜこんな家に…」の
思いが消えて味わう仕合せ

(岩手県TS/80代女性/無職) 

時々、人生を悲観してしまうことがあった私。なぜだろう…。ある日、それは幼少期からだったことに気付きました。私は4姉妹の長女。父の言うことが絶対で、自分の意見を言うなど、もっての外。気に入らないと大声で怒鳴る父からは、物が飛んでくることもありました。同居している祖母も気性が激しく、「なぜ私はこんな家に生まれたの?」。家の中が怖くて、心の休まることなどなかったのです。 

その父から、「長女だから婿を取れ」と言われ、出会ったのが夫でした。どんな人かと思いましたが、私の話をよく聞いて、父のことも大切にしてくれる人。夫や子供と過ごす日々は仕合せだったけれど、どこか満たされないものを感じていました。 

父と同じ心の動きをしている私

信者になった40代の頃、体験談を読んで、無性に「もっと仲の良い家族になりたい」と思ったことを覚えています。というのも、自分が年齢を重ねるほど、「絶対に同じになりたくない」と思っていた父と、同じ心の動きをしていると気付き始めたからです。相手を責め、なぜ、どうしてとしつこく追及。責められるのがどれほどつらいか、私自身が一番分かっているのに、自分の心をどうにもできなかったのです。 

神の教えを学んで、私は初めて、父や他界した祖母の人生に思いをはせました。製麺所を立ち上げた父は、戦争で片方の肺をなくしていました。思いどおりに体が動かない中、家族を守る生活はどれほど大変だったでしょうか…。祖母も5歳で奉公に出され、家庭の温かさを知らずに育ったと聞いています。父のつらさ、祖母の苦しさ。二人の心が少し分かった気がしました。 

家庭の温もりを味わえる日々に

私が信者になった後、父も信者籍を置きました。朝に夕にと、神棚に向かって一生懸命手を合わせる姿を見るたび、私自身の心が柔らかくなっていくのを感じました。「父がいなかったら、今の自分は存在しない。親や先祖に感謝、感謝の人生なんだ」と。不思議と父は暴れることがなくなり、別人のように穏やかになったのです。 

その後、父も夫も見送り、今は息子夫婦と暮らしていますが、本当に仕合せです。家族に自分の気持ちを穏やかに伝えて、何げない会話を楽しんで。幼少期にできなかったことが、自然とできているのです。残りの人生は、子供や孫たちに良い生き方を残していけるように。「生涯の目標」もできました。人生を悲観することは、もうありません。 

息子より 

「祖父の言うことが絶対」の毎日。子供ながらにおかしいと思った私は、祖父に反抗してばかりでした。でも、その心は、信者になってから不思議と消えていきました。父が入院した時、涙を流す祖父を見て、「おじいちゃんの愛」を感じたのです。思えば、神に対して一筋、真っすぐな心を向けていた祖父です。その姿は、今の私たちに受け継がれている気がします。家族みんなで仲良く、ずっと仕合せに暮らしていくことが、何よりの供養と強く思います。

人間は
 その家庭(や)の「心の道」に
 「実体」を受け継いで 生まれてくる
家庭に 「教え」があれば
 人間は必ず実体を高めて
  神の手の中
    運命の力に導かれ
        守られ 救われてゆく
開運かなえる人間の人生が ここにある

(令和6年1月23日 信者心の基勉強会 家庭編『友輪』341号12ページ〈中略あり〉)