(兵庫県MS/40代男性/会社員)
母の認知症がひどくなり、急きょ入院しました。それまでは「小言のうるさいおかん」でしたが、急にいなくなると寂しくなり、心にぽっかり穴が開いた気持ちでした。
神の教えを学んで気付いたのは、母をしっかり支える大切さです。薬を飲まない母を責めたこともありましたが、そうではなく、気持ちが安らぐ言葉を掛けようと決めました。
たわいないことですが、「庭の草、引いといたで」「きょうはご飯食べられてよかったな」などと言うとうれしそうです。私が穏やかな心で接していると、母も落ち着いています。
仕事をしながら母の面会に行ったり、兄と分担して家事をしたりする毎日は、正直大変です。でも、そのおかげで兄との会話が増え、互いに助け合う思いが強くなりました。近所に住む身内にも何かと助けてもらっていて、多くの支えを頂いていることをあらためて実感しています。
時に心がいっぱいいっぱいになっても、祈願ができるのでありがたいです。「冷静に、落ち着いて判断できるように…」と神に願い、心のバランスを保っています。祈願がなければ、「あれもせなあかん、これもせなあかん」と常にいらいらしていたと思います。
今、私の心にあるのは母への尊敬と感謝だけです。母がいてくれるだけで十分で、「最期まで笑って過ごしてほしい」と願っています。最近特に意識しているのは、「いかに感謝を伝えるか」ということ。心にあるたくさんの「ありがとう」を言葉で伝えて、母との時間を大切に過ごしたいと思います。