神の応援で流れ去った思い
家族の心が通じ合う喜び
(大分県MO/50代女性/児童クラブ指導員)

二十年ほど前に実母が亡くなり、私たち家族と父との同居がスタートしました。

父と夫を取りなす毎日

最初は互いに遠慮もあってうまくいっていたものの、十数年たつころから、父と夫の間に溝が生まれ、挨拶さえしなくなってしまいました。

そんな二人の間に入っては疲れる毎日…。神の教えで家庭の大切さを学んでも、愛をかける余裕などありません。「我が家は無理」と諦めそうになりながら、それでも必死に心を立て直して、今日まで歩んできたのです。少しずつ自分が出過ぎないこと、相手の立場に立って物事を考えることを意識できるようになっていきました。

82歳になった父も、大分偉光会館が開所してからは、参拝を楽しみにし、一生懸命神の書物を学んでいました。「お父さんが変わった」そう思った矢先のことです。ささいなことで、父が夫に声を荒げたのです。ところが、私の心は「言いたいことがあれば、お互いに言い合えばいい」と、不思議と落ち着いていました。そして、冷静になってから、父と話をしたのです。

真心込めて伝え合った本心

母が亡くなった時、父を案じ、夫から「同居しよう」と言ってくれたこと。自分にとって大切な二人がいがみ合っているのはつらいこと。苦しい毎日に、家族で家を出ようと考えたこともあったけれど、夫が反対したこと…。穏やかに伝えると、父も最後までしっかり聞いてくれました。

しばらくして父が、夫に神妙な面持ちで伝えました。「娘から同居する時の話を聞いた。自分にも悪いところがあったと思う。直せるところは直すから、これからも一緒にいてくれないか」と。二人の気持ちが痛いほど分かり、涙しか出ませんでした。

その時、夫が突然父の手を握り、「これからもよろしくお願いします」と、深々と頭を下げたのです。三人の胸のつかえが流れ去った瞬間でした。いつの間にか、みんなの心に潤いが戻っていました。

諦めずに教えで生きる

夕飯は、久しぶりに心からの笑いのある食卓となりました。たわいもないことを話し、「おいしい」と言い合う食卓。私の宝物の時間です。時間はかかりましたが、神のおかげで我が家は、仕合せになるチャンスを逃さずに済みました。

その後も父は穏やかです。教えで生きようと努力していることが、ひしひしと伝わってきます。いくつになっても家族それぞれが教えを学び、生かす努力をすることで、必ず仕合せを味わえると再確認しました。神の応援を励みに、もっと和のある家庭を築いていきます。

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