「お母さん、ありがとう。またあした」息子と言葉を交わし、笑顔で病室を後にしました。でも、「あした」はありませんでした。翌日の明け方、息子は静かに旅立ったからです。
希望を失った心に差した光
2カ月ほど前、息子が体調を崩しました。最初は「夏バテかな」と言っていたのですが、そのうち食事が取れなくなりました。肝臓がんの末期でした。「残された命は長くありません」そう言い渡されたのです。
奈落の底に突き落とされた瞬間でした。息子と二人暮らしで、何でも頼っていた私。「どうしよう」「これからどう生きていけばいいの」不安でいっぱいでした。そんな時、姪が「おばちゃん、すぐ行こう」と、神の館に連れて行ってくれました。
そこで教えていただいたのは、「母としての役目を果たす大切さ」でした。不安な思いは全て神に打ち明け、心を守っていただくこと。そして、「お母さんに任せときなさい」と言えるくらいにどっしり構えて、娘や親戚にも頼りながら、息子を支えていくこと。やるべきことが見えて、一筋の光が心に差し込んできた思いでした。
「すみません」ではなくて…
息子は入院中、どんなに体がつらくても、「大丈夫か」と電話をくれるような子です。私も、「任せときなさい」と言って、病室を訪れては、パンパンに腫れ上がった手を優しくさすりました。背中をなでて、「頑張りなさいよ」と声を掛けました。「一緒に頑張ろう」と教会図書を手渡すと、「ありがとう、お母さん。頑張るよ」とにっこり笑顔を返してくれました。
姪の支えもありがたかったです。毎日のように病院まで乗せて行ってくれました。姪が「ヨッ」と敬礼すると、息子も敬礼を返していて、何ともほほ笑ましいやりとりでした。子供の頃の息子を見ているようで、楽しくなりました。
姪が「『すみません』じゃなくて、『ありがとう』の方がみんなうれしいよ」と言うので、親子でたくさん「ありがとう」を言いました。息子は、腕の腫れも引いて、水も飲めるようになって、何より、表情が見違えるほど明るくなりました。
息子の声が聞こえてくるよう
最後に聞いた「お母さん、ありがとう」。その日は、病室の窓から、見えなくなるまでずっと手を振り、見送ってくれました。
「またあした」と思ったまま旅立った息子は、それはきれいな笑顔でした。短い間でしたが、私たち親子は、今までにない、最高に仕合せで、温かな時間を過ごせました。不安しかなかった私の心が、いつの間にか明るく、元気になっていました。
「おばちゃん、これがいいよ」と、息子の友人が見つけてくれた写真が遺影になりました。本当にいい笑顔で、「お母さん、ありがとう。またあした」と声が聞こえてくるようです。「この子をちゃんと守ってやらんなん」と、娘や親戚に話しています。
一人暮らしになりましたが、娘や近所の人がいつも気に掛けてくれます。何の不安もなく、神に、息子に、周りの人たちに感謝しかありません。「心配するな、大丈夫だよ」心の中で、明るく息子に語り掛ける毎日です。