私は長年、大工をしてきました。幼い頃から物作りが大好きで、大工という仕事は誇りでした。しかし、年齢と体力面から仕事を縮小し、大きな作業場と機械を手放すことにしたのです。
作業場は、使いやすいように手をかけ、大切に使ってきた相棒です。購入した時と同じくらいの条件でなければ手放せません。そうしたこだわりがあるせいか、なかなか良い買い手が見つかりませんでした。
“物の命”を生かすには
そんな時、神の館で、神光生清の儀に参列しました。この儀式は、環境が変化する時に、家族の心を清めて、さまざまな思いを流していただくものです。
儀式を受けると、長い間、多くの人に支えられて歩んだ道のり。事故やけがもなく元気に働けたこと。「全てが当たり前ではなかった。本当にありがたい…」と、感謝が湧き上がってきました。
いくら愛着があっても、所有しているだけでは何の意味もありません。使い込んで、人の役に立ってこそ、“物の命”を生かしきれるはず…。「必要としている人に、使ってもらうことだけ考えよう」と思ったら、気持ちがとても楽になりました。
そればかりか、しばらくすると、大切に使ってくれそうな人と出会えたのです。
人に役立つことが私の誇り
あんなに思い入れのあった作業場ですが、今は前を通っても、全く未練がありません。
「物を大事に使いたい」と思うあまり、こだわりになっていました。大切なのは「人に役立とうとする心」でした。最近は、手持ちの道具で、近所の人に頼まれた修理などをしています。「あなたにお願いしてよかった。ありがとう」という言葉が何よりの喜びです。
身に付けてきた経験と技術を、惜しみなく人のために生かして、生きがいあふれる毎日を送っていきます。