去年、信者になるまで、私はどこか人生を諦めていたと思います。
夫とは離婚し、20代の娘と二人暮らし。その娘には障害があります。じっとしているのが難しくて、集団行動が苦手です。3歳ごろからその症状が顕著で、日常生活にも支障が…。こだわりが強く、思いどおりにいかないとパニックになるため、全てが娘中心。私自身の毎日は、全てが投げやり。「これを食べたい」とか、「あれがしたい」という感情はなくなっていました。
不思議を感じた神との出会い
ある時、娘が「動物を飼いたい」と言うので、近所のうさぎのブリーダーさんに相談して、飼い始めました。初めは楽しく世話をしていたものの、そのうち娘はうさぎに当たるようになり、ブリーダーさんに返さざるを得なくなったのです。
たまりにたまった心の苦しさを、その方に吐き出していました。その時、この教会のことを教えていただいたのです。「え?」と思いつつ、「行ってみようかな」という気持ちもありました。他の人に、こんなに自分の思いを語れたのが不思議だったし、まるで救いの手のように感じたからです。
「心を見詰める」とは?
偉光会館で初めて学んだ神の教えは、「知りたいことが全部まとまっている!」。違和感なく心に入ってきて、すぐ信者籍を置きました。そこから私は、「心を見詰める」という作業をするようになりました。
「私、自分の感情が分からなくなってたんだ」。気付かなかった姿に気付きました。「娘に『分かってほしい』って求めているな」。そんな気付きもありました。自分ではどうにもできなかったその心を、祈願するようになったのです。
「諦め」と「我慢」が消えて
これまで娘がパニックになると、「諦め」と「この場が収まるまでひたすら我慢」そればかり…。でも、自分の心を見詰めるようになって、全く違う2つの気持ちが生まれてきました。「娘の気持ちをちゃんと受け止めたい」。そして「私自身の気持ちも大切にしよう」。
外でパニックを起こした娘に、「ビックリしたんだよね?」「お母さんもビックリしたんだよ。もしかしたら、周りの人も同じ気持ちだったかもしれないね」そう伝えるようになりました。すると、娘は少しずつ反省するようになったのです。
仕合せはすぐそばにあった
ある日、娘から「出掛けておいで」「お母さんにも気持ちがあるもんね」と言われた時は、本当に驚きました。その言葉は私を気遣う優しさにあふれていて、胸がいっぱいになりました。
娘に「少し休みたいな」と言うと、「ゆっくり休んで」との返事。真っすぐ向き合えば、伝わっていくことを実感しています。私も娘も、お互いに思い合えるようになれてきたことがうれしくて…。「心」ってこんなに変われるんだな。「仕合せ」ってこんなに近くにあったんだなと思います。
娘は「お母さん明るい!」と言い、先月、自分から信者籍を置きました。文章の理解は難しいのですが、私が教会図書を読むと、隣で一生懸命聞いています。「私は私の人生、娘は娘の人生を、2人で助け合いながら歩んでいきたい」。私の中に、諦めの気持ちはもうありません!



――人は皆 神の手の中 「運命」を与えられて 誕生している――
人生の真実を知って 信者は皆 「教え」を心(人生)の支えに生きるべし
「教え」が信者の心(人生)を 孤独から救い
多くの人との出会いを深めて 楽しい「人生」を歩み抜ける
――人は皆
神の手の中
「運命」を与えられて
誕生している――
人生の真実を知って
信者は皆
「教え」を心(人生)の支えに
生きるべし
「教え」が信者の心(人生)を
孤独から救い
多くの人との出会いを深めて
楽しい「人生」を歩み抜ける
『真実の光・神示 平成30年版』137ページ(中略あり)


