(神奈川県KS/50代女性/主婦)
聴覚障害がありながらも、「ただいまー」と大きな声で帰宅するのが、夫の日課。私が出迎えに行った途端、靴も脱がずに、「きょう、こんなことが…」と手話を始める人でした。それがある時、急に口数が減ったのです。「父親を亡くしたから…」。当初はそう考えていたものの、話もしないでスマホやテレビを見て、翌日の予定を伝え合ったらすぐ就寝。それが当たり前になって、ようやく「何か変」と感じたのです。
何でも話せる家庭を目指して
教会の勉強会で、「会話は、温かい感情の交流をするもの」と聞いて、我に返りました。私が言葉にしていたのは、「○○しないで」という指示ばかり。楽しそうに話し掛けてくれても、「ちょっと待って」と自分の都合優先。夫が黙り込むのも当然でした。そこで一念発起。「何でも話し合い、思いを受け止め合え、お互いに“ここが自分の居場所”と思える夫婦関係を目指さなければ!」。そう思ったのです。
だんだん心の通い合う会話が
夫の気持ちを大切にしようと考え、話し掛けられたら家事の手を止め、必ず目を見て、しっかり聞いていきました。在宅勤務中の夫がため息をつけば、「仕事大変なの? コーヒーでも飲む?」などと声を掛けることも。その繰り返しに、日常のささいな会話が増えていきました。お土産を買ってきてくれたときも、私を喜ばせたい気持ちが感じ取れ、自然と「ありがとう」が出てきます。「掃除がしにくいから、ここに置かないで!」と言ってしまっていた頃とは大違い。同じことを伝えるにも、「置き場所はこっちでもいい?」と、言葉を選べるまでに変わりました。
ある日、会社の人間関係に悩む夫にアドバイス。しばらくして、「そのとおりにしたら、うまくいったよ。ありがとう!」と、夫が満面の笑みで言うのです。夫婦の心が通い合ったのを感じた瞬間。思わず、「またこうして話せるようになってうれしい! あなたが一番大事。宝物」と伝えると、夫は照れながらも喜んでくれました。
二人で向き合えた義母の病気
そんな時、離れて住む義母にがんが見つかりました。心配なあまり、あれこれ口を出し、夫と言い合いになってしまったのです。自分を冷静に見詰め返す中で分かったのは、「たとえ家族であっても、立場を超え、何でも言っていいわけではなかった」ということ。出過ぎた態度を謝ると、「怒ってないよ。話し合いながらやっていこう」と夫。会話するうちに二人の意見が重なっていき、私の心配症も落ち着きました。義母を懸命にお世話する夫を手伝うこともでき、穏やかに見送れたのです。
話が途切れない毎日に
今、私たちは話が止まらず、「もう駄目! これ以上は空腹で倒れる」と言うほど。新婚の頃に戻ったようです。目指していた、「何でも話し合えて、“自分の居場所“と思える我が家」。神の教えがあればこそ、手にできました。これからも、本音を話せる居心地のよい家庭をつくり、二人で仲良く年を重ねていきたいです。
「教え」を学び
「真理」に悟りを得て
心(人生)に生かせる人は皆
相手の気持ちを受け止め
正しい関わりを深めてゆける
仕合せを共有し
会話の絶えない家庭の姿が
ここにある
「教え」のある家庭に
夫婦の運命は重なり
互いの実体を
「真理」に生きて高めることに
気持ちが向かう
(平成31年1月13日〈中略あり〉)
※実体;親、先祖から受け継ぐ、気質、体質、性格。また、成長過程で身に付けていく、物の見方や感じ方のこと。実体には、良いものと悪いものとがあります。悪い実体を修正するほど、自分の良さが光り、喜び多い人生を歩めます。詳しくは、『生命の歩み』127ページで確認しましょう。
